日本大百科全書(ニッポニカ) 「テクスト理論」の意味・わかりやすい解説
テクスト理論
てくすとりろん
theory of text
複数の文の連鎖からなる言語表現としてのテクストの構造と機能を研究する学問。聖書釈義学や西洋古典文献学においても研究対象はテクストとよばれ、テクストについての理論的考察がなされている。しかし、テクスト理論と現在一般によばれているものは、1960年代後半からフランス構造主義、ドイツ受容美学、現代記号論の諸派によって開拓され始めた新しい理論分野をさす。
[村山康男]
フランス
フランス構造主義において、テクスト分析は二つの水準でなされた。第一は言語学的水準での音韻や文法の分析である。詩的テクストの脚韻と文法範疇(はんちゅう)の密接な関係を論じたヤコブソンやレビ・ストロース、物語の語り手や時間の構造を、人称、話法、時制などの文法的観点から解明したジュネットらをあげることができる。第二はテクストの全体的構成の水準での分析である。バルト、トドロフ、ブレモン、グレマスらは、登場人物の行為を基本単位とみなし、その組合せによって物語が構成されると考えた。またクリステバは詩的言語の意味形成をテクストの深層構造の仕組みによって究明しようとした。後期バルトやクリステバにおいてテクストは、完結した構造としての「作品」と対置され、同時代や他の時代の作品へと無限に開かれたものとされる。それゆえ、バルトは読解の多様性を、クリステバはさまざまなテクストの相互連関のなかで形成される意味創造の無限性を強調している。
[村山康男]
ドイツ
テクストをその読解や創造の過程と関連づけて論じる傾向は、受容美学や現代記号論にも受け継がれた。ドイツ受容美学は読者に準拠したテクスト理論を展開した。読者の属する時代の社会的・思想的背景が読解に及ぼす影響を重視したヤウスは、文学テクストの受容変遷を歴史的にたどった。またイーザーは英米の言語行為論の影響のもとに、テクストが読解を誘導し読者の想像力を活性化する点に注目し、読書過程におけるテクストと読者の相互作用を論じている。イタリアの記号論学者エーコも、ジョイスなどの前衛文学を「開かれたテクスト」と規定し、それが読解過程において読者の積極的な参加を要求するとし、読者の果たす役割を明らかにしている。
もっぱら文学テクストを対象とする受容美学などに対し、シュミットに代表されるドイツ現代記号論は、文学テクストによる伝達行為を芸術一般の伝達行為のなかに位置づけ、後者をさらに社会的伝達行為総体のなかに位置づける。その結果、社会的伝達過程において機能しているすべての記号体系がテクスト理論の対象となり、テクスト概念は非言語的記号にも拡大される。こうした傾向はモスクワ・タルトゥ学派にも認められ、ロトマンはさまざまな記号体系による芸術作品を芸術テクストとよんでいる。このように現代テクスト理論は、多様な記号体系によるテクストの創造と受容を、文化の一般理論というより大きな枠のなかでとらえようとする趨勢(すうせい)にある。
[村山康男]
『H・R・ヤウス著、轡田収訳『挑発としての文学史』(1976・岩波書店)』▽『W・イーザー著、轡田収訳『行為としての読書』(1982・岩波書店)』▽『S・J・シュミット著、菊池武弘他訳『テクスト詩学の原理』(1984・勁草書房)』▽『川本茂雄他編『言語学から記号論へ』(『講座 記号論1』1982・勁草書房)』