受容美学(読み)じゅようびがく(英語表記)Rezeptionsästhetik ドイツ語

日本大百科全書(ニッポニカ) 「受容美学」の意味・わかりやすい解説

受容美学
じゅようびがく
Rezeptionsästhetik ドイツ語

現代ドイツの文学史の方法概念。ドイツの中世フランス文学研究者ハンス・ロベルト・ヤウスHans Robert Jauss(1921―1997)が、1967年4月13日、新設のコンスタンツ大学で行った教授就任講演『挑発としての文学史』のなかで初めて構想を示して以後、世界の文学史研究や、さらには美学理論領域で大きな反響を呼び起こした。以後、コンスタンツ大学の同僚で、『行為としての読書――美的作用の理論』(1976)の著者のボルフガング・イーザーWolfgang Iser(1926―2007)らと共同で研究グループ「詩学と解釈学」Poetik und Hermeneutikを組織し、報告書を刊行している。他にヤウスの近著としては『美的経験と文学解釈学Ⅰ』Ästhetische Erfahrung und Literarische Hermeneutik Ⅰ(1977)などがある。

 従来の文学史や芸術史は、もっぱら、作家と作品の歴史であり、そこで扱われるのは文体論や詩学、様式史やジャンル史、また精神史などである。しかし、すでにポーランドの現象学的文学理論の大家インガルデンの「具体化」の理論がいうように、作品は、これを受容し、享受し、判定する各時代の読者の経験を媒介して初めて具体的な歴史過程となる。ここに、従来のいわば作家と作品の関係だけを問題とする「生産の美学」に対して、作品と読者の間の力動的歴史過程を主題とする「受容と作用の美学」が必要となる。

 ところで、作品を読むとは、なによりも「解釈」である。すでにドイツには19世紀のシュライエルマハーからディルタイに至る解釈学の伝統があり、また文学理論としても、1950年代のシュタイガーやカイザーらによる「作品内在解釈法」が存在した。しかしこれらはいずれも、作品の歴史を超えた自律性と、これを正しく解釈する理想的読者を前提とする。これに対して、読者の、したがってまた読書行為そのものの歴史性を解釈の本質契機として導入したのが、ハイデッガーによる解釈の存在論に依拠したガダマーの『真理と方法』Wahrheit und Methode(1960)であった。ヤウスが文学史をなによりも読者による作品解釈の受容史として構成することを目ざすとき、その理論化の基礎となったのはこのガダマーの哲学的解釈学であった。その主要点は、ひとことでいえば、作品のみならず、解釈(読書)主体自身の逃れえない歴史性と、それゆえの一面的な「予断(偏見)」の自覚である。作品がつくられた時代の文化的状況の「地平」と、これと時代的・文化的に異なった読者がたつ状況の「地平」とはけっして完全に重なり合うことはない。作品の享受と評価とは、この相異なった二つの地平の一致やずれといった相互作用のなかで展開し、こうして作品の受容史は、「作用史」として記述することができる。たとえば、まえもってあった社会全体の「期待の地平」に対して、新しい作品の出現はこれに迎合したり、裏切ったり、ショックを与えたりする。ここから、作品がある時代にいかに受け入れられたか、あるいはこれが既成の地平の変更をいかに迫ったかが記述される。逆にまた、ここから作品の芸術性格(前衛的、娯楽的、陳腐など)も記述しうるのである。

[西村清和]

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