日本大百科全書(ニッポニカ) 「テンジクダイ」の意味・わかりやすい解説
テンジクダイ
てんじくだい / 天竺鯛
cardinal fishes
硬骨魚綱スズキ目テンジクダイ科Apogonidaeの魚類の総称、またはそのなかの1種。テンジクダイ科魚類は太平洋、インド洋、大西洋の温帯から熱帯海域に広く分布し、ほとんどの種は沿岸のサンゴ礁や岩礁域に生息するが、まれに海藻やサンゴ藻(も)域にすむ。また、河口の汽水域に侵入する種や、太平洋の熱帯域には河川に生息する種もいる。世界から約32属354種、日本から約26属100種が知られている。最大体長が20センチメートルに達する種がいるが、ほとんどは体長10センチメートル以下の小魚である。夜行性の種が多い。体が長楕円(ちょうだえん)形から卵形までさまざまで、背びれが普通は2基で、第1背びれは6~8棘(きょく)、第2背びれは1棘8~14軟条。臀(しり)びれは2棘8~18軟条である。鱗(うろこ)は通常は大きく、多くの種では櫛鱗(しつりん)であるが、まれに円鱗または無鱗の種もいる。背びれ最後棘の遠位担鰭骨(たんきこつ)(鰭条を支える直下にある骨)は短い。多くの種では雄だけが卵塊を口内保育するが、種によって雌のこともあると推測されている。また、種内でもきわめてまれに雌の保育も観察されている。
コミナトテンジクダイ亜科に属するツマグロイシモチやアトヒキテンジクダイTaemiama macropteraなどは腹腔(ふくこう)内にある発光器が消化管に連結し、餌(えさ)として摂取したウミホタルに由来する発光素であるルシフェリンの化学反応で発光する。また、同亜科のヒカリイシモチ属Siphamiaの種は腹部に発光器があり、管で腸とつながり、取り入れた発光バクテリアとの共生で発光する。
本科は伝統的にテンジクダイ亜科とクダリボウズギス亜科に分類されていたが、2014年(平成26)、魚類学者の馬渕浩司(まぶちこうじ)(1971― )らはDNAの分析結果によって本科を4亜科に再編成し、そのなかのコミナトテンジクダイ亜科をさらに14族に分類した。
〔1〕オニイシモチ亜科
オニイシモチ亜科Amioidinaeは背びれが2基、第1背びれ棘の長さは不ぞろい、第1背びれは7~8棘、第2背びれは1棘9~10軟条、および上主上顎骨(しゅじょうがくこつ)が大きいことなどで特徴づけられる。日本からはオニイシモチ属のオニイシモチのみが知られている。
〔2〕コミナトテンジクダイ亜科
コミナトテンジクダイ亜科Apogoninaeは背びれが2基、第1背びれ棘の長さは不ぞろい、第2背びれは1棘8~13軟条、上主上顎骨は小さいか欠如(例外的にこの骨が大きい種では第1背びれは6棘、第2背びれは1棘9~10軟条)、側線は1本で、鱗がない場合は独立した感丘(かんきゅう)(水流や水の振動に反応する機械的刺激受容器)があることなどで特徴づけられる。
従来使用されていたApogoninaeに対する和名がテンジクダイ亜科からコミナトテンジクダイ亜科に変更された。和名の元になっていたテンジクダイがテンジクダイ属Apogonからツマグロイシモチ属Jaydiaへ移ったためである。
この亜科は次のような14の族(tribe)に分類され、それぞれ以下の属が含まれる。
(1)ナンヨウマトイシモチ族 ナンヨウマトイシモチ属、タイワンマトイシモチ属、シボリ属、ヤツトゲテンジクダイ属など6属。
(2)コミナトテンジクダイ族 コミナトテンジクダイ属、トマリヒイロテンジクダイ属など5属。
(3)アトヒキテンジクダイ族 アトヒキテンジクダイ属など2属。
(4)ヤライイシモチ族 ヤライイシモチ属。
(5)カガミテンジクダイ族 カガミテンジクダイ属など2属。
(6)クダリボウズギス族 サクラテンジクダイ属、クダリボウズギス属、クダリボウズギスモドキ属など4属。
(7)Lepidamia族 Lepidamia属(日本にはいない)。
(8)スジイシモチ族 スジイシモチ属。
(9)ヒトスジイシモチ族 ヒトスジイシモチ属とアカヒレイシモチ属。
(10)スカシテンジクダイ族 スカシテンジクダイ属。
(11)ヒカリイシモチ族 ヒカリイシモチ属。
(12)マンジュウイシモチ族 カクレテンジクダイ属、ツマグロイシモチ属、ナミダテンジクダイ属、マンジュウイシモチ属など6属。
(13)クロスジスカシテンジクダイ族 クロスジスカシテンジクダイ属。
(14)イトヒキテンジクダイ族 サンギルイシモチ属とイトヒキテンジクダイ属。
〔3〕パックストン亜科
パックストン亜科Paxtoninaeは背びれが1基で、6棘19軟条、背びれ第3棘~第6棘は同長であることなどで特徴づけられる。パックストン属のみを含むが、日本からはとられていない。
〔4〕ヌメリテンジクダイ亜科
ヌメリテンジクダイ亜科Pseudamiinaeは背びれが2基、第1背びれ棘の長さは不ぞろい、第2背びれは1棘8~13軟条、上主上顎骨は小さいか欠如(例外的にこの骨が大きい種では第1背びれは6棘、第2背びれは1棘9~10軟条)、側線が2本あることなどで特徴づけられる。ヌメリテンジクダイ属のみが含まれる。
本科魚類の和名にテンジクダイとイシモチが混在するが、イシモチは和歌山県や高知県で使われていた地方名に由来する。
[片山正夫・尼岡邦夫 2021年2月17日]
代表種
テンジクダイJaydia lineata(英名はIndian perch、verticalstriped cardinalfish)は北海道室蘭(むろらん)から宮崎県の太平洋沿岸と新潟県から長崎県五島(ごとう)列島や天草(あまくさ)の日本海沿岸、八重山(やえやま)諸島、東シナ海、黄海、朝鮮半島西岸・南岸、台湾、マレーシアなどの西太平洋の沿岸域に分布する。体は長楕円形で側扁(そくへん)する。体長は体高の約2.5倍。目が大きく、眼径は吻長(ふんちょう)よりすこし大きい。口は大きく、上顎の後端は目の後縁下に達する。上顎長は頭長のおよそ半分。上下両顎、鋤骨(じょこつ)(頭蓋(とうがい)床の最前端にある骨)、口蓋骨に絨毛(じゅうもう)状の歯帯がある。前鰓蓋骨(ぜんさいがいこつ)の後縁は鋸歯(きょし)状である。鰓耙(さいは)は上枝に2本、下枝に12本。鱗は比較的大きくてはがれやすい。側線有孔鱗数は26枚。背びれは2基で、第1背びれが7棘、第2背びれが1棘9軟条、臀びれは2棘8軟条。尾びれの後縁は截形(せっけい)(後縁が上下に直線状)かわずかに丸い。体色は淡灰褐色で、体側に約10本の灰褐色の横帯がある。第1背びれの縁辺は褐色、第2背びれの縁辺は暗色で、基底部近くに沿って暗色帯がある。水深25~110メートルの砂、砂泥、泥の底層の近くに生息する。本種はウニ類のガンガゼの鋭く長い有毒の棘(とげ)の間に隠れて身を守る習性がある。おもに端脚(たんきゃく)類、オキアミ類、小形エビ類、アミ類などの底生性の小形甲殻類を食べる。雌は雄よりも成長がよい。満1歳で成熟し、全長は9センチメートルに達する。産卵期は7~10月で、盛期は8~9月。産み出された卵は粘液性の糸で互いに連なる卵塊となり、これを通常は雄(きわめてまれに雌)が口にくわえて孵化(ふか)するまで保護する。親魚は産卵期に入ると卵を保護するために鰓耙の鋸歯上を袋状の膜で包み込む。そして下顎が膨らむ。口内で抱卵中は摂餌(せつじ)しない。11月ころには大形魚はほとんどいなくなるので、産卵後はほとんど死滅すると考えられている。本種は小形であり、商品価値が低くて、市場に商品として出ることはない。生息数が多いので、魚食性魚類の餌として、重要な役割を果たしている。中国では魚粉や釣り魚の餌として利用している。
[片山正夫・尼岡邦夫 2021年2月17日]