日本大百科全書(ニッポニカ) 「テンペラ」の意味・わかりやすい解説
テンペラ
てんぺら
tempera イタリア語
tempera フランス語
tempera 英語
Tempera ドイツ語
西洋絵画技法のうちもっとも伝統的なものの一つ。本来は、顔料(がんりょう)を水だけで溶いて描くフレスコの技法に対し、なんらかの液体のメディウム(顔料のつなぎ剤、固着剤)や展色剤を顔料と混ぜ合わせて絵の具をつくることをテンペラーレtemperareといい、そのような絵の具、またはその絵の具を使って描く絵画技法をテンペラと称した。したがって、フレスコ以外の液状の絵の具を使う絵画技法はすべてテンペラ技法に含まれていたということができる。しかし、16世紀になって油彩画が盛んになり始めると、「テンペラ」は従来の伝統的な絵画技法、なかでも卵をメディウムとして使う卵テンペラの技法をさすようになった。
今日では、水溶性のエマルジョン(乳剤)、とくに卵黄と水のエマルジョンをメディウムとする絵画技法をテンペラと称するということができるであろう。しかし、卵は卵黄だけに限らず、卵白だけでも、両方ともに用いられることがあり、卵と油のエマルジョンも用いられる。
卵テンペラを描くには、顔料を水でよく練ってペースト状にしたものをつくっておき、描く直前にほぼ等量の卵黄を混ぜ合わせる。基底材(グラウンド)には吸収性のよいジェッソ(白亜または石膏(せっこう)の地塗り)を施したパネルを用いる。テンペラ絵の具は速乾性で、混ぜ合わせることができず、細いレッド・セーブル筆の先端を使って描かねばならない。肉づけ(モデリング)や明暗の変化を表現するためには、無数の平行線の色調を少しずつ変化させていくハッチングの技法に頼らねばならない。しかし、乾燥すると強固な耐水性の絵の具層を形成する。
15世紀から16世紀にかけて、テンペラに油性のグレーズglazeをかけたりする方法から、ついに油彩画そのものへと技法が変化していったのは、テンペラの技法的特質が写実表現を求める時代の流れに適合しなかったためである。テンペラの技法が絵画表現においてもっとも発展したのは、ジョットからフラ・アンジェリコに至る時代であった。17~19世紀にはカンバスを基底材とする油彩画が隆盛し、テンペラはほとんど顧みられなかった。19世紀末になって、ロセッティら象徴主義の画家によってふたたび取り上げられ、今日でもワイエスら一部の画家によって愛用されている。
なお、本来水溶性絵の具の総称であるデトランプdétrempeがテンペラと同義に用いられることがあるが、組成の単純な水のみに可溶な媒剤によるものをデトランプ、複合的な乳剤タイプの媒剤によるものをテンペラとよぶ傾向がある。
[長谷川三郎]