日本大百科全書(ニッポニカ) 「蜂蜜」の意味・わかりやすい解説
蜂蜜
はちみつ
honey
ミツバチが草木の花蜜(かみつ)を集め、それを唾液腺(だえきせん)から出る酵素の作用で分解し、さらに濃縮したもの。
[河野友美・山口米子]
成分
蜂蜜の成分は、主としてショ糖の分解生成物である。花に含まれている花蜜は、主成分がほとんどショ糖である。花蜜をミツバチが巣へもって帰り、ミツバチの口腔(こうこう)のそばにある唾液腺から分泌するスクラーゼとよばれる唾液腺酵素で、果糖とブドウ糖に分解する。これにミツバチがはねを動かして風を送り、濃縮して蜂蜜に仕上げる。濃度はだいたい水分20%程度まで濃縮される。この程度だと、ほとんどいつまでも腐敗せずに貯蔵することができる。このとき、ミツバチの唾液腺から分泌されるパントテン酸といった有用な物質が蜂蜜に混入するが、これが花蜜中の成分とともに蜂蜜の栄養的な価値観を生んでいるようである。また、もともと花蜜には各種の有用な成分が多く含まれていて、これらのことが蜂蜜の食品価値を高める原因になっているといえよう。しかし、蜂蜜といってももとの花蜜の影響はそのまま受ける。とくに香りに対しては、もとの花蜜の香り成分が移行する。たとえば、レンゲの花からミツバチが集めたものであれば、レンゲ特有の香りがあり、またミカンでは、ミカンの風味が強く出てくる。日本人の嗜好(しこう)にあいにくいものもあり、このようなものでは精製が行われる。しかし、精製したものでは本来の蜂蜜の風味が失われるので、レンゲなど比較的嗜好度の高い風味のものと混合して販売されることが多い。栄養的な成分としては、先にあげたミツバチの唾液とともに混入するパントテン酸のようなもののほかに、花蜜の中に含まれていた各種のビタミンや無機質なども含まれる。しかし、もとの花の蜜の種類により、その含量はかなり異なる。無機質は料理にも影響を与え、鉄分の多い花蜜からつくられた蜂蜜を紅茶に加えると、紅茶中のタンニンと結合して黒変するが、それほど紅茶の色の変化しないものもある。
[河野友美・山口米子]
種類と特徴
レンゲの花蜜からつくられる蜂蜜はもっとも日本人に好まれる香りと甘味をもつ。レンゲ蜂蜜は色が薄く、香り、味ともに淡泊でくせがない。アブラナ蜂蜜(ナタネ蜂蜜)は淡黄色で白い細かい結晶が出やすいが、香りが穏やかで、これも日本人向きである。ニセアカシア蜂蜜は淡色で香りがよく、上質の蜂蜜とされている。ミカン蜂蜜およびオレンジ蜂蜜は特有の柑橘(かんきつ)類の香りがあり、色もやや濃い。ソバ蜂蜜は非常にくせがあり、暗い色でもあるため、日本では精製して使用することが多い。クリ蜂蜜もソバ蜂蜜と同様で、暗い色ですこし渋味がある。これも精製したり医薬品工業用として使用されることが多い。トチノキ蜂蜜は香り、風味ともよく喜ばれるが、量が少ない。クローバー蜂蜜は黄金色で風味がよい。
[河野友美・山口米子]
利用
蜂蜜は菓子などの甘味料として広く用いられるほか、健康的なイメージが強いため、砂糖のかわりとして使用される場合が多い。しかし、糖分が主成分なので、とりすぎは肥満につながる。エネルギーは砂糖の77%である。なお、砂糖と違い、果糖とブドウ糖といった還元糖になっているので、梅酒のように果汁などの成分とともに長く保存するとアミノカルボニル反応をおこし褐変する場合がある。
[河野友美・山口米子]
ロイヤルゼリー
ミツバチのなかの働きバチの唾液腺のそばにある下咽頭腺(かいんとうせん)および大腮腺(だいしせん)といった分泌腺から分泌された蜂乳(ほうにゅう)が、女王バチを育てるための餌(えさ)として直接与えられる。余った分は王台とよばれる場所に蓄えられ、これがロイヤルゼリーとして採取されているもので、生産量は非常に少ない。乳白色でわずかに酸味を帯び、ねっとりとした液汁で特有のにおいがある。主たる成分としてはパントテン酸が多く、これが女王バチに育つ大きな役割を果たしているのではないかといわれ、健康食品に利用されている。しかし、まだ詳しいことはよくわかっていない。
[河野友美・山口米子]
製造
蜂蜜は、ミツバチが集めてきて分解濃縮した花蜜を集めてさらに加熱し、酵素の働きを止めるとともに、薄いものでは濃縮して蜂蜜とする。しかし、なかには加熱加工しない生(なま)のものもあり、気温が上昇すると発酵することがある。蜂蜜を薄めて発酵させると簡単にアルコール飲料ができるところから、酒類は初め蜂蜜からつくられたのではないかといわれることもある。ゲルマン民族の風習として、結婚後、一定期間蜂蜜でつくった酒を飲んだところから、ハネムーンということばが生まれたといわれている。
[河野友美・山口米子]
文化史
「蜜」に訓がないことからわかるとおり、近代養蜂(ようほう)の生産量が増えて蜂蜜(はちみつ)が食料品化するまでの日本では蜂蜜は身近な存在ではなかった。「蜜」は「蜜柑(みかん)」のように単に強い甘味を意味したにすぎず、砂糖からつくる糖蜜と混同したのも当然だった。蜂蜜のおもな用途は、甘味料よりも、漢方の他の薬品と混ぜる緩和・強壮剤であり、採集蜂蜜はろうそく、整髪剤などの原料にした蜜蝋(みつろう)採集の副産物だった。
雑食性食肉目とともに、霊長目にも蜂蜜を食べる動物がいるから、非常に早い時点から人間が蜂蜜を採集してきたことを想像するのは困難ではない。採集狩猟物が獲得食糧の数割を占める原始農耕文化に至るまでは、偶然に発見する蜂蜜を自給的に利用する程度にとどまることが多かった。蜂蜜採集を重要視する民族誌上の文化は、経済活動の民族的分化のみられる地域に多く、周囲の大人口農耕・牧畜民との交易物資の一つに蜂蜜を用いる小人口の採集狩猟民の文化であることが多かった。中央部、東部および南東部アフリカには、簡単な巣箱をかけて野生蜂を集めて採集する蜂蜜と、蜂蜜からつくる蜜酒を重要視する文化がみられ、とくに蜂蜜を婚資に使うマサイ人に蜂蜜を供給したケニアのオキーク(ドロボ)人では、鳥が巣をみつける習性を利用して採集した大量の蜂蜜を交易用とするとともに、自給する蜜酒を祖霊交信儀礼の幻覚剤に用いる蜂蜜の文化がみられた。
もっとも早く都市の成立した西アジアでも、古代から蜂蜜を重要視し、蜜酒原料、甘味料、滋養剤、交易品、ときには遺体保存剤として用いた。養蜂を始めたこの地域を中心として、東ヨーロッパから南アジアに至る広大な地域には古代から蜂蜜に特別な位置を与える文化伝統が続き、現在でもとくに婚礼時の蜂蜜の使用に呪術(じゅじゅつ)的意味を考える民族が少なくない。ユダヤ教、キリスト教の伝統では、神のことば、神意にかなった人物の形容に他の甘味料(とくにブドウの糖分)を含む蜜相当語を用い、あるいは約束の地の形容に蜜と牛乳を組み合わせるが、巨視的には上記のユーラシアの文化的伝統の一部を形成するとみるべきである。中国でも蜜酒および飲料の原料、漢方医薬などの利用方法は知られているが、仏教説話で蜜を一時的快楽の比喩(ひゆ)に用いて、真の悟りを妨げるものとしたことにみられるとおり、蜂蜜を神聖視する文化伝統は存在しない。日本の蜂蜜の文化もこの東アジアの伝統の延長である。第二次世界大戦後の日本では砂糖の取引が統制されていたので、統制外の自給甘味料だった蜂蜜の需要が一時的に拡大した。
[佐々木明]
『原淳著『ハチミツの話』(1988・六興出版)』▽『渡辺孝著『ミツバチの文化史』(1994・筑摩書房)』▽『角田公次著『ミツバチ――飼育・生産の実際と蜜源植物』(1997・農山漁村文化協会)』▽『渡辺孝著『ハチミツの百科』新装版(2003・真珠書院)』▽『清水美智子著『はちみつ物語――食文化と料理法』(2003・真珠書院)』