ディオクレティアヌス(読み)でぃおくれてぃあぬす(英語表記)Gaius Aurelius Valerius Diocletianus

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ディオクレティアヌス」の意味・わかりやすい解説

ディオクレティアヌス
でぃおくれてぃあぬす
Gaius Aurelius Valerius Diocletianus
(?―311ころ)

ローマ皇帝(在位284~305)。帝国の危機を克服、後期ローマ帝国―専制君主政を樹立した皇帝。ダルマチアの下層農民出身。父は奴隷だったともいわれる。兵士となって昇進し、東方遠征中、カルス帝(在位282~283)の変死で軍団兵により皇帝に推戴(すいたい)された。

 彼は、きわめて実際的で有能かつ指導力に富む人物で、登位後は着々と帝国再編策を実施した。まず、将軍マクシミアヌスを西方の共治帝として分割統治を採用し、293年にはコンスタンティウス、ガレリウスを西と東の副帝に任じ、2正帝とあわせ、4人の皇帝によるテトラルキア四分統治制)が成立した。彼自身はニコメディア宮殿をもち、小アジアからエジプトまでを担当し、マクシミアヌスとコンスタンティウスはガリア農民反乱を鎮圧し、ガレリウスはペルシアを破るなど分治の効果はあがった。が、立法、軍事、経済面で帝国の統一はなお保持されていた。まず、アウレリアヌスの策を受け継いで、軍団の再編強化を行い、軍団兵は数十万に達し、異民族からなる特殊部隊、騎兵も増強された。平和の確立と並行して行政機構再編を行い、全帝国を四帝統治の4道に分け、その下に12の管区ディオエケシス)と約100の属州を設け、行政、司法の実効性を高めた。官僚の数を増やし、軍事と行政を分離して、しだいに厳密な位階制を打ち立てていった。皇帝の立法権、軍指揮権、行政権は比類なく強化され、四帝分治とはいえ、ディオクレティアヌスの権威は絶大であった。

 彼は、帝権の絶対性をイデオロギー的に強化するため、伝統のローマの神々への信仰を重視して、これらの神殿や祭儀を復興し、自らはユピテルの地上の体現者たるヨウィウスと称し、他の皇帝にもそれぞれ守護神を選ばせた。また、臣民と謁見するに際しては、ペルシア風の儀礼を導入し、豪華な衣装で玉座に座り、人々に拝跪礼(はいきれい)を行わせたという。そのほか、大建築、道路建設、開墾なども盛んに行われたが、これらおよび軍隊維持のための財政負担は甚だしく、行政再編の主目的は徴税等の能率化だったともいえる。彼の下で帝国に統一的税制が導入された。これは、人間1人当りに課する人頭税(カピタティオ)と、納める産物はなんであれユガという土地の単位に換算して課する土地税(ユガティオ)とを統合したもので、エジプトや小アジアの一部を除く各地に適用され、徴税の便に益するところは大であった。しかし、軍隊、宮廷、官僚の肥大化による財政負担は、このような徴税合理化によって都市民に重くのしかかり、経済も不振に陥った。都市上層民の没落と都市からの逃亡、大土地所有貴族の都市からの離脱も目だち始めた。帝国は、都市民の義務履行を強制的に守らせ、身分・職業を固定化してこの傾向を抑えようとし、また貨幣改悪に伴う物価騰貴に対しては、最高価格令を発して抑制に努めた(301)。総じて帝国は皇帝専制の下に国民が階層序列化され、対国家奉仕義務を強制される体制に向かい、ここに専制君主政(ドミナトゥス)が始まったといわれるのである。

 ディオクレティアヌスは、治世末の303年、ニコメディアの教会を兵士に破壊させたのを皮切りに、キリスト教徒大迫害を命じた。宮廷内教徒を処刑、追放し、ついで教会を閉じて礼拝を禁じ、聖書を没収し、聖職者を逮捕、拷問した。これは、とくにキリスト教に敵意をもっていた副帝ガレリウスの教唆によるとする説が、すでに同時代のラクタンティウスらによって出されているが、やはりディオクレティアヌスが帝国の支柱たる伝統宗教を護持する立場から、神々への祭儀に加わらず、宮廷や軍隊で反抗的態度を示すことが多くなっていた教徒の排除―改宗を自ら命じたものであろう。迫害のさなか、ディオクレティアヌスは重病になり、ようやく回復したものの、305年5月、もう1人の正帝マクシミアヌスとともに帝位を辞し、一市民としてスポレトで余生を送った。その後政権争いが苛烈(かれつ)となり、迫害は失敗に帰して、彼の妻、娘も追放、殺害され、彼も失意のうちに病没した。

[松本宣郎]


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