元首政(読み)ゲンシュセイ

百科事典マイペディアの解説

元首政【げんしゅせい】

プリンキパトゥスprincipatusの訳で,ローマ帝政の前半期,前1世紀末アウグストゥスのときに始まり,3世紀末ディオクレティアヌスの専制政治(ドミナトゥス)成立にいたるまでの政治形態。プリンケプス(〈元首〉もしくは〈第一人者〉)と元老院との共同統治の形をとり,共和政の公職機構は存続させたが,実質的には帝政。前半期はローマ帝国の繁栄期で〈ローマの平和〉の続いた時代,後半は軍人皇帝時代
→関連項目三頭政治

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世界大百科事典 第2版の解説

げんしゅせい【元首政 principatus】

ローマ皇帝アウグストゥスによって確立されたプリンケプス(〈元首〉あるいは〈第一人者〉)の統治体制(プリンキパトゥス)を意味する用語。共和政末期の内乱を収拾して国家最大の勢力家となったアウグストゥスは,養父カエサルの独裁政樹立の挫折を考慮して共和政の国制に手を加えず,〈余は権威においては万人に勝りしも,公職にある同僚たちを凌ぐ権力を持たず〉と言明し,〈ローマ市民の第一人者〉と呼ばれた。この地位はローマ国民の代表者たる元老院によって委託され,共和政の国制内にある最高司令官,執政官(コンスル),護民官,大神祇官長(ポンティフェクス・マクシムス)等を長期にわたって兼任することが認められた。

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大辞林 第三版の解説

げんしゅせい【元首政】

古代ローマでオクタビアヌスによって始められた政体。共和制の伝統を重んじた帝政で、皇帝はプリンケプス(第一の市民、元首)として統治に当たった。三世紀頃までに専制へ移行。プリンキパトス。

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精選版 日本国語大辞典の解説

げんしゅ‐せい【元首政】

〘名〙 オクタビアヌスによって確立されたローマ帝国初期の政治体制。元首政治ともいう。共和制の体制を生かした帝政で、皇帝はプリンケプス(市民の第一人者、元首)と呼ばれ、元老院から種々の権限を委託されて統治した。三世紀末、専制君主制(ドミナトゥス)に移行。プリンキパトゥス。

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世界大百科事典内の元首政の言及

【アウグストゥス】より

…アウグストゥスは内戦の破局を除去し,万人の求める平和を国家にもたらした功績によって,万人を凌駕する権威(アウクトリタスauctoritas)を与えられ,国家における第一人者(プリンケプス)そのものになった。彼によって元首政が成立したというゆえんである。臨終時における彼の肩書は〈最高司令官・カエサル・神の子・アウグストゥス・大神祇官長(ポンティフェクス・マクシムス)・統領13回・最高司令官の歓呼20回・護民官職権行使37年目・国父(パテル・パトリアエ)〉である。…

【ローマ】より

…同年元老院は彼に〈アウグストゥス〉の尊称を与えた。彼自身は自らの地位をプリンケプス(〈第一人者〉)と呼んだ(そのため彼の始めた国制をプリンキパトゥスと呼び元首政と訳される)が,このような彼の地位は〈皇帝〉の名にふさわしいので,われわれは彼を皇帝と呼び,ここにローマは帝政期に入ったとみるのである。 一般的には共和政期の官制がそのまま続いたが,彼の周囲には皇帝顧問会(コンシリウム・プリンキピスconsilium principis)が置かれ,新たに親衛隊長(プラエフェクトゥス・プラエトリオpraefectus praetorio)などの官職がつくられた。…

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