ローマ皇帝アウグストゥスによって確立されたプリンケプス(〈元首〉あるいは〈第一人者〉)の統治体制(プリンキパトゥス)を意味する用語。共和政末期の内乱を収拾して国家最大の勢力家となったアウグストゥスは,養父カエサルの独裁政樹立の挫折を考慮して共和政の国制に手を加えず,〈余は権威においては万人に勝りしも,公職にある同僚たちを凌ぐ権力を持たず〉と言明し,〈ローマ市民の第一人者〉と呼ばれた。この地位はローマ国民の代表者たる元老院によって委託され,共和政の国制内にある最高司令官,執政官(コンスル),護民官,大神祇官長(ポンティフェクス・マクシムス)等を長期にわたって兼任することが認められた。つまり,古来の共和政的公職機構を存続させたまま,公職上の諸権限と名誉とが例外的に一個人の掌中に収められたのである。このため,元首政は共和政か専制支配かという議論が古代からなされてきたが,少なくとも帝政初期にあっては,元老院管轄属州と皇帝直轄属州との区分にも見られるように,両者の共存と考えるべきであろう。このような特異な統治体制の成立には,ローマ社会を中核とする古代地中海世界の特質が関与している。共和政期のローマは由緒ある富裕な家系の支配する寡頭政社会であり,彼らの勢威は信義にもとづく恩顧関係を通じて民衆に支えられていた。ローマの地中海世界全域への進出とともに,このような保護-被護関係は非ローマ原住民社会の名望家層との結びつきにも拡大され,とりわけ元老院のなかの有力者たちは党派を形成して君侯にも似た権威を保持した。マリウス,スラ,ポンペイウス,カエサル,アントニウス,オクタウィアヌス(後のアウグストゥス)等の輩出した共和政末期の内乱とは,都市国家ならぬ大領土国家としてのローマの現実に見合う勢力関係再編の過程であり,その結果,諸党派の統合の頂点に,絶大な権威によって支配する元首の地位が成立したと言えるのである。元首の例外的な権力は,元老院および民会における公職諸権限の付与によって合法化されたが,その地位は元首本人の一生に限られていたので,後継者を決定する原則は確立しなかった。五賢帝時代には養子縁組による後継者選出が定着したかに見えたが,3世紀にいたって,軍隊の勢力を背景として元首の擁立戦が繰り返されるなかで,軍人皇帝の乱立する危機の時代が訪れ,その混迷を収拾したディオクレティアヌスによって専制君主政が樹立されるにおよんで,共和政的自由と第一人者の権威との共存する元首政は名実ともに終息した。したがって,元首政の時代はローマ帝政前期とも言われ,専制君主政のローマ帝政後期とは区別するのが通例である。
→ドミナトゥス
執筆者:本村 凌二
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…アウグストゥスは内戦の破局を除去し,万人の求める平和を国家にもたらした功績によって,万人を凌駕する権威(アウクトリタスauctoritas)を与えられ,国家における第一人者(プリンケプス)そのものになった。彼によって元首政が成立したというゆえんである。臨終時における彼の肩書は〈最高司令官・カエサル・神の子・アウグストゥス・大神祇官長(ポンティフェクス・マクシムス)・統領13回・最高司令官の歓呼20回・護民官職権行使37年目・国父(パテル・パトリアエ)〉である。…
…同年元老院は彼に〈アウグストゥス〉の尊称を与えた。彼自身は自らの地位をプリンケプス(〈第一人者〉)と呼んだ(そのため彼の始めた国制をプリンキパトゥスと呼び元首政と訳される)が,このような彼の地位は〈皇帝〉の名にふさわしいので,われわれは彼を皇帝と呼び,ここにローマは帝政期に入ったとみるのである。 一般的には共和政期の官制がそのまま続いたが,彼の周囲には皇帝顧問会(コンシリウム・プリンキピスconsilium principis)が置かれ,新たに親衛隊長(プラエフェクトゥス・プラエトリオpraefectus praetorio)などの官職がつくられた。…
※「元首政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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