トリプシン(読み)とりぷしん(英語表記)trypsin

翻訳|trypsin

日本大百科全書(ニッポニカ) 「トリプシン」の意味・わかりやすい解説

トリプシン
とりぷしん
trypsin

プロテアーゼ(タンパク分解酵素)の一つ。消化酵素の一つで高等動物の膵液(すいえき)中に存在する。1874年ドイツの生理学者キューネWilhelm Kühne(1837―1900)が命名した。膵臓で不活性の前駆体トリプシノゲンがつくられ、膵液中に分泌されて十二指腸に達し、ここでエンテロペプチダーゼあるいはトリプシン自身によって活性化され、トリプシンとなる。このとき、トリプシノゲンのN末端の6個のアミノ酸からなるペプチド(H2N-Val・Asp・Asp・Asp・Asp・Lys)が遊離される。トリプシンは小腸でタンパク質の消化に重要な役割を担っている。すなわち、ペプシンにより胃内で加水分解を受けてできたペプチドは、小腸において、さらにキモトリプシンとトリプシンによって加水分解され、小さなペプチドになる。このペプチドは、さらにカルボキシペプチダーゼアミノペプチダーゼジペプチダーゼなどの作用で、最終的にはアミノ酸の混合物となって吸収される。

 トリプシンは、ペプチド鎖の途中を加水分解するエンドペプチダーゼの一つで、基質特異性が高く、L‐アルギニンまたはL‐リジンのペプチド、エステルカルボキシ基カルボキシル基)側を加水分解する。最適pHは8付近である。pH2~3で安定で、そのまま冷所で数週間の保存が可能である。pH5以上では自己消化で失活し、カルシウムイオンで安定化される。重金属、ジイソプロピルフルオルリン酸(DFP)、トリプシン阻害剤によって阻害される。単純タンパク質からなり、ウシのトリプシンは分子量2万4000の1本鎖ポリペプチドで、等電点pH10.5のアルカリタンパク質である。223個のアミノ酸からなり、その配列順序はカナダの生化学者ウォルシュKenneth Andrew Walsh(1931― )らによって1964年に決められた。

 反応機構に関してはもっともよく研究されている酵素の一つで、活性中心にセリン残基を含むセリンプロテアーゼの一つである。ヒスチジン残基も活性中心に存在する。精製は、トリプシノゲンとしてウシの膵臓から酸抽出し、硫酸アンモニウムで分別してpH8で結晶化し、再結晶を繰り返して精製される。

 なお、膵臓にはトリプシン阻害物質(インヒビター)も存在し、ウシでは56のアミノ酸からなる分子量6155のポリペプチドで、トリプシンを阻害するが、キモトリプシン、カリクレイン、ウロキナーゼは阻害しない。これは大麦などの穀類、大豆などの豆類、そのほかにも存在する。

[降旗千恵]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「トリプシン」の意味・わかりやすい解説

トリプシン
trypsin

膵臓より分泌される強力な蛋白分解酵素。摂取した蛋白が胃液ペプシンの作用を受けると,次いでこのトリプシンの作用を強く受ける。膵臓でつくられる酵素は,活性のないトリプシノーゲンという,トリプシンの酵素前駆体で,このトリプシノーゲンが膵液に含まれて十二指腸に分泌され,腸液中のエンテロキナーゼという酵素によって活性化されて,トリプシンとなる。また,このトリプシン自体がトリプシノーゲンを活性化する働きをする。

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