古代エジプトの神。エジプト名ジェフウティDjehutiのギリシア名。月神,上エジプト第15州(州都ヘルモポリスHermopolis)および官僚(書記)の守護神で,学問,知識,記録,計算をつかさどる。聖動物はヒヒとトキで,トキ頭の人物またはヒヒやトキの姿で表現され,しばしば月の円盤を頭上に戴く。起源は月神であり,月の満ち欠けから計算や知識の神としての性格が生まれ,神々の書記として王の誕生など聖なるできごとを記録し,呪術書や宗教テキストなど神聖な書を創り,暦法,文字,年代記の発明者とされた。神話でもやはり月の満ち欠けから善悪両義性をもってオシリス神話と結びつき,オシリスの殺害・解体者である悪神セトに協力したとも,オシリスの治癒(とくに月の片眼の回復)復活に寄与したともされた。〈死者の裁判〉では心臓の秤量の結果を記録する。信仰の中心地ヘルモポリス(現,アシュムーネイン)には第19王朝ラメセス2世建立の神殿址があり,その墓地トゥーナー・アルジャバルにはトートおよびヒヒのミイラを集めた地下墓地がある。ギリシア人はヘルメスと同一視した。
執筆者:屋形 禎亮
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… エジプト神話の中では,テム神の唾からシュー神とテフヌート神が生まれてくる(W.バッジ《エジプト人の神々》)。またセトの攻撃を受けて太陽神ラーが目に重傷を負ったときには,トートが唾をつけて治した(〈死者の書〉)。以来,予言者の子孫や聖人の唾には病をいやす力が備わっていると考えられるようになった。…
…ギリシア語の神名で,〈3倍(すなわち,はなはだ)偉大なヘルメス〉の意。ヘレニズム時代によくある混交宗教型の神で,ギリシア神話のヘルメスとエジプト古来のトートとが,エジプトのヘレニズム的環境の中で習合し生まれた。したがって本来の名はヘルメス・トートというが,その通称としてこう呼ばれた。…
…こうして,エジプトのアレクサンドリアを中心に,前3世紀ごろから錬金術思想が定着しはじめた。 まわりをとりかこむ赤茶けた不毛の土地とは対照的な大河ナイルのもたらす豊饒のシンボルとしての黒土,こういう〈黒〉から出発する〈大いなる術〉としての錬金術は,また一般に〈ヘルメスの術(オプス・ヘルメティクムopus Hermeticum,ヘルメティカHermetica)〉,ないし〈ヘルメス=トートの術〉とも呼ばれた。トートはエジプト古来の技芸をつかさどる神で,死者の魂の導き手,ヘルメスはギリシア神話の神々の使者であり,かつ死者の魂を地下のハデスへ導く神(プシュコポンポス)でもあった。…
※「トート」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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