中世のスコラ神学者。生年、出生地、死因など、生涯の大きな部分が謎(なぞ)に包まれているが、スコットランド出身で、1278年ごろフランシスコ会に入り、学才を認められてパリ大学へ送られ、ケンブリッジ、オックスフォード、パリ大学で講義したのち、1305年パリ大学神学部教授に就任したことは確かである。約2年の任期後ケルンに移り、まもなく同地で没した。精密な批判的議論のゆえにつとに「精妙博士」doctor subtilisとあだ名され、「スコラ哲学のカント」と称されることもある。すでにトマス・アクィナスが、アリストテレス哲学を積極的に取り入れることによって壮大な神学的総合を成し遂げている以上、スコトゥスの仕事が、トマスの批判的考察をもって始められたのは、当然のことであった。しかし注目すべきは、スコトゥスの批判は単に否定的な性格のものではなく、新しい総合を生み出したという事実である。それは、アリストテレス哲学の厳密な再検討を経たうえでの、アウグスティヌス的伝統に忠実な神学的総合であった。
スコトゥス哲学の根底にあるのは、人間の尊厳性、つまり、人間は直観的認識と愛による神との一致にまで高められうるような可能性を有すること、の強調であり、トマス学説との著しい対照はすべてこの1点をめぐって生じている。すなわち、トマスが知性能力を意志能力に優先させたのを逆転させ、意志が根本的に自由な能力であることを徹底的に主張する。またトマスが人間知性にとっての固有対象を感覚的事物の本性に限定したのを批判して、それはむしろ存在である限りでの存在であり、存在の概念は一義的であると説く。これは、人間の知性がすべての存在――有限、無限を問わず――に対して根元的に開かれていることの強調であり、人間の尊厳性の確立にかかわりがある。スコトゥス哲学の特徴である概念の明確化、論証の厳密さへの努力が人々を魅了するのは、このような彼の哲学の根本的動機と無関係ではないであろう。
[稲垣良典 2015年1月20日]
スコラ哲学者,神学者。スコットランドの出身。フランシスコ会に入り,パリ大学で学んで後,ケンブリッジ,オックスフォード,およびパリ大学でペトルス・ロンバルドゥス《命題論集》の解説講義を行い,1305年パリ大学神学部教授。2年後にケルンに移り,そこで没する。主著《命題論集注解》(3種類)のほか,厳密に形而上学なしかたで神の存在を論証した《第一原理論》,三一なる神,神の全能,意志や行為の問題などを論じた《任意討論集》,アリストテレスの若干の著作の注解などがある。
ドゥンス・スコトゥスの哲学は13世紀の偉大な総合,とくにトマス・アクイナス的総合に対する徹底的な批判から出発する。彼はその精妙な批判的議論のゆえに〈精妙博士Doctor subtilis〉とも〈スコラ哲学のカント〉とも称せられたことがある。しかし,彼の場合,批判は単なる否定や折衷に終わらず,新しい総合を生みだしたのであり,それはアリストテレス哲学の厳密な再検討を経た上での,アウグスティヌス的伝統に忠実な神学的総合であった。トマスが人間知性の固有対象は感覚的事物の本性であると主張したのを批判して,スコトゥスはそれはむしろ〈存在であるかぎりでの存在〉である,と主張する。存在の観念については,トマスがその類比的性格を説いたのを退けて,存在概念の一義性を説いている。またトマスが知性能力を意志能力に優先させたのを逆転させ,さらにトマスが意志は根本的にいって自然本性的能力であるとしたのに対して,意志が完全に自由な能力であることを強調する。現実に存在する個物についての直観的認識の可能性を主張している点でもトマスと鋭く対立している。こうしたトマスとの著しい対照の根底には,トマス思想のうちにキリスト教信仰にとって危険な一種の自然主義を見てとった上で,神の絶対的超越性と人間の尊厳とをこうした危険から守ろうとするスコトゥス哲学の根本的意図があったといえるであろう。
執筆者:稲垣 良典
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1265頃~1308頃
スコットランド生まれのスコラ哲学者。フランチェスコ修道会員。オクスフォード,パリの両大学で教え,トマス・アクィナス,アリストテレスを反駁し,アウグスティヌス主義をとり,実証主義を尊重した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…その背景にはパリ,オックスフォードなどの大学における活発な学問活動,アリストテレス哲学の導入,ドミニコ会,フランシスコ会を先端とする福音運動の推進などの積極的要因が見いだされる。そしてドゥンス・スコトゥスはトマス的総合を批判して,学問的により厳密な新しい総合を企てるが,その批判的側面を徹底させて,純粋な信仰と経験的・実証的な学問とが分離する道を開いたのがオッカムである。それは中世的な学問形態の終末であると同時に,新しい学問形態の端緒でもある。…
※「ドゥンススコトゥス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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