スペイン出身のユダヤ教徒で思想家,医師。アラビア語でイブン・マイムーンIbn Maymūn,ヘブライ語でモーシェ・ベン・マイモンMoses ben Maimonと呼ばれる。コルドバに生まれたが,ムワッヒド朝の支配下に入った生地を逃れ,カイロに定住し,フスタートのユダヤ教徒社会の指導者となる。生計を立てるために医師となったが,この職業で名声を博し,アイユーブ朝の宮廷の侍医を務めている。多忙な職務の合間にも医学,タルムード学などに関する多くの著作を残し,とりわけ《不決断者の手引》という哲学書は,アルベルトゥス・マグヌス,ドゥンス・スコトゥスらのキリスト教世界の哲学者たちに深い影響を与えている。この著作は一貫して,律法の学と哲学とは性質を異にする学であるが,両者は必然的に融合されるべきものであり,哲学の固有の目的は律法に合理的な確証を与える点にあると主張している。彼はのちにイスラムからユダヤ教に改宗したとして論難を受けているが,有力なパトロンによって手厚く庇護されていた。
執筆者:黒田 壽郎
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イブン・マイムーンIbn Maimūnともよばれる中世でもっとも著名なユダヤ人哲学者。スペインのコルドバに生まれる。イスラム教徒の圧政を逃れて東方に移り、1165年以後エジプトのカイロに定住し、宮廷の侍医、ユダヤ教神学者、哲学者として活躍し、当地で没した。アラビア語で書かれた主著『迷える人々の手引き』Dalālat al-Hā'irinで、彼はアリストテレスの哲学によって神学の合理的基礎づけを試み、『旧約聖書』の内容が理性的に確立されたものと矛盾するときには、寓意(ぐうい)的に解釈されねばならないと主張した。彼の能動的理性の説、意志の自由の主張、世界の永遠性を否定する学説などによって、13世紀西欧の哲学は大きな影響を受けている。
[宮内久光 2018年4月18日]
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出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…10世紀以降,アシュケナーズ系ユダヤ学がライン川流域地方で盛んになり,西ヨーロッパ全域に大きな影響を及ぼした。中世最大のユダヤ学者マイモニデスは,スファラド系哲学とアシュケナーズ系ユダヤ学を総合した人物である。第1回十字軍(1096‐99)とともに,キリスト教ヨーロッパは,血腥(なまぐさ)いユダヤ人迫害の歴史を開始した。…
…新プラトン主義をユダヤ教に取り入れた学者はイサク・ベン・ソロモン・イスラエリIsaac ben Solomon Israeli(850ころ‐950ころ),イブン・ガビロール(彼はまたアビケブロンの名で知られ,キリスト教徒といわれていた)などである。他方アリストテレス主義を取り入れた学者としてはイブン・ダウドAbraham ibn Daud(1180没),マイモニデス,レビ・ベン・ゲルソンLevi ben Gerson(ゲルソニデスGersonides。1288‐1344)などの名をあげることができる。…
※「マイモニデス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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