主意主義
しゅいしゅぎ
voluntarism
ラテン語の voluntas (意志) に由来する言葉で,真理と知性を第1のものとする主知主義に対して,善と意志の優位を説く哲学的な考え方。心理学的,倫理学的,神学的,形而上学的主意主義に区別すれば,心理学的主意主義は,人間を何かある目標に向って意欲し,知性や悟性が意志に従属しているような存在と考えるもので,その代表者はホッブズ,ヒューム,ショーペンハウアーらである。倫理学的主意主義は,善悪の規準をも意欲する主体としての人間に帰するもので,古くはプロタゴラスの「人は万物の尺度なり」という格率に表現されているが,近代でも W.ジェームズのプラグマティズムにおいてみられる。また神学的主意主義は,神の意志の神知に対する優位性を説くのであり,結果的には神に関する知性的考察は不可能となる。その最も極端な形は P.ダミアニにみられ,神学的な事柄に関しては人間の悟性はまったく価値をもたないとした。さらに信仰における悟性や明証性などの無意味さを説いて,意志する行為としての信仰を主張したキルケゴールや,また現代の多くの宗教指導者などもこのような立場にいる。形而上学的主意主義は,意志を,法,倫理,人間の行為一般を理解するうえで決定的なものとし,あるいは実在性そのものにとっても決定的なものとするような考え方であり,フィヒテやベルグソンなどがその立場にいるが,最も徹底的な考え方はショーペンハウアーで意志を世界の根底においた。
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主意主義
しゅいしゅぎ
voluntarism
人間の知性と意志はどちらが有力で他に勝るかという問題は、中世のスコラ哲学から生じたものであるが、その場合、知性を上位に置く主知主義に対し、意志を上位に置くのが主意主義である。人間の意志は知性によって決定されるのではなく、それを決定する理由がなくても自由に発動すると考えたイギリスのスコラ哲学者ドゥンス・スコトゥスは、その代表者といえる。デカルトもまた、人間の知性は有限であるが、意志は神の場合と同様に無限であるとする点で、主意主義の系列に属する。
ところで広義では、意志を他のすべてに先だつ根源的なものとみるのが主意主義で、たとえば、意志が世界や世界内の現象の本質であり本体であるとみるショーペンハウアーは形而上(けいじじょう)学的主意主義の代表者であり、意志を人間の心の根本機能とみるドイツの心理学者ブントは心理主義的主意主義に属する。また総じて認識や思考が生活意志に基づいて展開されるとみるプラグマティズムの立場も、主意主義の一種といえよう。
[宇都宮芳明]
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しゅい‐しゅぎ【主意主義】
〘名〙 (voluntarism の
訳語) 哲学で、意志的なものを究極の原理に据えて考える立場。倫理学では、人間の意志が良心や理性を越えてすべての倫理的課題の中心であるとする説。心理学では、心的生活の基盤は、知性よりも欲望、欲求、本能などの意志にあるとするブントの説。神学では、意志をすべての宗教活動の根源とし、祝福が意志の働きであるとする説。神を絶対意志とする
アウグスティヌスの説、ヒューム、
カント、
ショーペンハウエルの意志説など。主意説。
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デジタル大辞泉
「主意主義」の意味・読み・例文・類語
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しゅいしゅぎ【主意主義 voluntarism】
一般に知性よりも意志・意欲――必ずしも人間の意志には限られない――を重視する神学,哲学,心理学上の立場。意志を精神活動の中心に据えるアウグスティヌスや,神における意志の優位を説くドゥンス・スコトゥスの教説は神学上の主意主義である。近世初頭には判断を知性の働きと見たスピノザやライプニッツの主知主義に対して,それを意志の決定と見たデカルトの立場が主意主義とよばれた。近世ドイツ哲学にも,表象能力よりも欲求を重視するライプニッツにはじまり,理論理性よりも実践理性(意志)を重んずるカント,意欲を根源的存在と見るシェリング,表象としての世界の根底に〈意志としての世界〉を認めるショーペンハウアー,アポロン的原理よりもディオニュソス的原理を根源的と考えるニーチェにいたるまで一貫した主意主義的形而上学の伝統がある。
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世界大百科事典内の主意主義の言及
【主知主義】より
…この場合〈知性intellectus〉は感性に対立し,分析・分別する悟性,統括・直覚する理性を含む。合理主義よりも若干狭い意味で用いられ,情意とくに〈意志voluntas〉を起源とする主意主義に対立する。言葉としては19世紀初頭の成立。…
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