ドイツの神秘主義哲学者、教会政治家。中世と近世との間にたつ思想家。中世哲学最後の人でありながら、哲学、物理学、天文学などにおいて近世への道を開いた先駆的学者といわれる。クサヌスともいう。モーゼル河畔のクエスの出身。少年時、オランダで敬虔(けいけん)な教育を受け、ハイデルベルク、パドバで法学、数学、哲学などを学び、のち神学に専念。司祭となり、1432年バーゼル公会議には会議派として参加したが、教皇派となり教会政治に携わる。東西両教会合同の企てに参画、1437年コンスタンティノープルに赴く。1448年枢機卿(すうききょう)、1450年ブリクセンの司教となり、教会改革に尽力した。
諸教派さらに異教に対し、当代まれにみる寛容と理解を示したが、それは彼の思想自体に由来する。新プラトン主義、否定神学の流れをくむ彼によれば、神はその無限性において万物を超越しつつ、しかも有限者のあらゆる区別・対立を合一して含む単純な一者、「反対の一致」coincidentia oppositorumである。この神に触れ、反対の一致をとらえることが人間的認識の頂点をなすが、それは通常の合理的知識の否定的克服である「知ある無知」docta ignorantiaの直観、すなわち信仰において達成される。万物は神の展開であり、それぞれの差異性、個別性において神に与(あずか)っている。宇宙は制限されているが空間的・時間的に無限界・無限であり、そこには定まった中心はなく、むしろ至る所が中心である。運動は相対的である。地球を中心とする中世的・有限的宇宙観はすでに超えられ、地動説も理論上認められていた。世界と人間が神に与るという意味で積極的にとらえられたが、万物を含む「小宇宙」である人間を神に仲介するのは、ロゴスの受肉としてのキリストであり、キリストへの愛が教会を成り立たせる。教会の本質形態は多様性における一致なのである。彼はブルーノ、ライプニッツに影響を与え、ガリレイにも親しまれていた。主著に『知ある無知』De docta ignorantia(1440)がある。
[常葉謙二 2017年12月12日]
『岩崎允胤・大出哲訳『知ある無知』(1966・創文社)』
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1401~64
ドイツの哲学者,神学者。モーゼル河畔クエス(クーザ)の漁夫の子。修道士をへて1448年枢機卿,50年ブリクセン司教。晩年をローマで過ごした。中世末期の大思想家で神学,哲学,教会法学,天文学(地球自転説の承認),地理学などに優れた業績を残した。
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