改訂新版 世界大百科事典 「ノベラ」の意味・わかりやすい解説
ノベラ
novella
イタリア語で一般に小説,とくに短編小説を示す言葉。ここでは狭義のノベラ,すなわち中世イタリアの〈小話〉について述べる。この語は本来〈新奇なこと〉〈ニュース〉を意味していた。中世の地中海はギリシア・ローマ以来の伝統をもつ商業地帯であり,キリスト教世界,イスラム世界の双方を結んで活発な交易活動が行われていた。しかも,この商業活動は地中海の中だけに限定されるものではなく,西はイギリス,フランスなど,東はペルシア,インド,極東まで連なる長大な商業交易路の一環をなしていた。商業は広範なコミュニケーションの一つの形態であり,商人たちは香料や織物のような商品とともにさまざまな情報を取り交わした。その中には実用的な情報だけではなく〈新奇な話題〉が含まれていた。このような話題が語り伝えられながら定着し,あるいはさまざまなバリエーションを生み出したものが〈小話〉である。素材はギリシア・ローマの伝説,宗教的な説話,南フランスに由来する騎士道物語,東方の説話などである。13世紀と推定される作者不詳の〈チェント・ノベレ・アンティーケ〉(小話百種)が最も古い。ただしこの題名自体は16世紀のものである。ノベレ(小話集の意味でノベラの複数形)のうち最も完成されたものは,いうまでもなくボッカッチョの《デカメロン》である。デカメロンの成功は多くの類似作品を生み出した。フィレンツェのセル・ジョバンニが1383年以降執筆した《イル・ペコローネ》(シェークスピアの《ベニスの商人》で有名な人肉裁判の話を含む50話)やサッケッティの《トレチェント・ノベレ》(邦訳《ルネッサンス巷談集》),ルッカのセルカンビの《ノベレ》(15世紀初頭),さらにミラノのバンデロの《ノベレ》などがある。文学的には必ずしもすべてが優れたものではなく,退屈なものも多い。しかし猥雑な描写の中に商人の現実的感覚や日常生活の細部を生き生きと表現している部分もあり,社会史の史料としても興味深い。口頭の伝承と文字で記された高文化としての〈文学〉とを媒介する種類の作品として重要である。このような小話の水脈はチョーサーの《カンタベリー物語》やマルグリット・ド・ナバールの《エプタメロン》に連なっている。
執筆者:清水 廣一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報