騎士道物語(読み)きしどうものがたり(英語表記)roman courtois

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

騎士道物語
きしどうものがたり
roman courtois

ヨーロッパ中世の宮廷文学の代表的な主題,アーサー王と円卓の騎士を扱う物語。原義は「宮廷風物語」。中世を代表する言語であるフランス語で 1155年頃より制作され,1170年頃よりドイツ語訳,13世紀なかばに英訳などヨーロッパの各国語 (中世ヘブライチェッコ語訳もある) に翻訳され,ほぼ 13世紀末まで隆盛をみた (→ロマンス ) 。イギリスでの影響は 15世紀の T.マロリーからさらにのちまで及ぶ (英訳数 23,独訳数約 40) 。
フランス文学では,叙事詩 (『ローランの歌』 Chanson de Rolandなど) のあとを受けて,第一回十字軍遠征 (1096~99) 後の東方への関心や生活状況の変化と相まって,東方 (ギリシア,ローマ) 主題の物語 (ロマン,英語のロマンス) が最初に現れる。 12世紀中頃より新しい主題に興味が移り,ヨーロッパの西端に追われたケルト民族の間に口承で伝わってきた神話,伝説,民話が,最初にフランス語でロマン化される (ロマンとは,ラテン語に対して俗語の意味もあった) 。騎士道物語の作者は聖職者で,実際には識字率ゼロに近い騎士階級 (下層貴族) におもに広まる。彼らは,同時に宮廷生活者であったのでサークルで朗読を聴く (黙読は例外的で通常は聖職者の行為であった) のが騎士道物語の一般的な享受形態であった。宮廷が自己鍛練の道場として機能した時代にあっては,騎士は武芸を磨くと同時に,主君の妃への洗練された奉仕が求められた。騎士道物語のテーマもまず「精神的な不倫」と騎士道の相乗関係に集中する (→宮廷風恋愛 ) 。
騎士道物語はモンマスのジェフリー等のラテン語記述よりも,「ブルターニュの素材」に発想をえた 12世紀の大作家クレチアン・ド・トロアの作品『エレックとエニード』 Érec et Énide,『クリジェス』 Cligés,『ランスロ』 Lancelot ou le Chevalier de la Charette,『イヴェン』 Yvain ou Chevalier au Lion,『ペルスヴァル (聖杯物語) 』 Percevalにより,その流れを規定されたことになる。登場人物はこの5作品に共通してアーサー王を中心に円卓の騎士が現れる。『エレックとエニード』は愛と冒険の相克を,『クリジェス』は『トリスタンとイズー』のアンチテーゼを,『ランスロ』は「宮廷風恋愛」と呼ばれる主君 (アーサー) の奥方 (グニエーブル) とランスロとの不倫を,『イヴェン』では異なる角度から『エレックとエニード』と同様のテーマを,さらに『ペルスヴァル』では聖杯城訪問,聖杯探究を扱っている。 13世紀,クレチアンの5作 (韻文) が書かれ,特に『ランスロ=聖杯』,『トリスタンとイズー』は後世への影響が大きい。騎士道物語は,単に文学上の事件にとどまらず,スポーツやスペクタクル,命名などにまで及ぶ文化風習全領域に騎士=貴族文化を捺印することになる。 16世紀初め,セルバンテスが幻想と放浪のはてに病に伏すドン・キホーテをして「余を迷わせた騎士道物語を焼却せよ」と言わしめ否定するまで,騎士階級の支柱であった。その後,騎士階級の解体とともに消えうせたこの「中世の夢」はロマン主義の台頭によりワグナーの歌劇という形で再生することになる。

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世界大百科事典 第2版の解説

きしどうものがたり【騎士道物語】

12世紀から16世紀にかけてフランス,イギリスをはじめヨーロッパ各地で流行した,韻文,次いで散文による物語文学。先行して成立した武勲詩の影響のもとに,騎士道の理想が求められた十字軍の時代状況を背景として,まず12世紀後半に韻文で書きはじめられた。武勲詩が歴史に題材をとって主人公の武勲をたたえることを中心主題としたのに対し,騎士道物語は,虚構の枠組みによって,騎士が宗教的義務と世俗的義務,とりわけ婦人への愛と献身に忠実たるべきことを称揚した。

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大辞林 第三版の解説

きしどうものがたり【騎士道物語】

中世ヨーロッパで盛行した、騎士を主人公とする一連の文学作品の総称。武勲詩や恋愛詩を中心とし、主に吟遊詩人たちにより城中や市中で弾き語りされた。アーサー王伝説に題材を求めたものが多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

騎士道物語
きしどうものがたり
romans de chevalerieフランス語
Rittergeschichteドイツ語

フランス、イギリス、ドイツをはじめ、ヨーロッパにおいて、12世紀の中ごろから13世紀にかけて栄えた騎士道と貴女(きじょ)崇拝を主題にした物語文学の総括名。戦(いくさ)と武功を描いた武勲詩、または英雄叙事詩とは明らかに区別される。封建制度の確立と暫定的な平和の訪れによって、国王の宮廷や大諸侯の公廷には、王妃や諸侯夫人を中心とする華やかな婦女たちの集まる場所ができる。そこに出入りをする騎士たちには、当然のこととして行為の規矩(きく)と情操の洗練が望まれる。騎士はその本来の責務から当然強くなければならないが、同時に騎士はそうした作法を体得しなければならない。この作法、この倫理を心得て初めてりっぱな騎士となる。この新しい倫理が騎士道である。
 その支柱の一つが貴女崇拝である。これはキリスト教のマリア崇拝の世俗化といってよい。貴女崇拝の基底には恋愛感情があり、その感情を支えるものが「貴女への奉仕」Frauendienst(ドイツ語)である。この貴女への崇拝、または奉仕を、騎士は連続する冒険という行動世界のなかで実現する。この騎士の冒険を描いたものが一般に騎士道物語とよばれている。アーサー王の宮廷に集まる「円卓の騎士」の物語がその典型である。
 代表的作者としては、シャンパーニュ伯の宮廷で書いたといわれるクレチアン・ド・トロア、イギリスの『トリスタンとイゾルデ物語』(1170ころ)のトマ、また、ドイツにはハルトマン・フォン・アウエ、ウォルフラム・フォン・エッシェンバハらがおり、後者の『パルチバル』はとくに有名である。[佐藤輝夫]

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世界大百科事典内の騎士道物語の言及

【宮廷文学】より

…また宮廷といっても国王の宮廷に限らず,近代国家成立以前は封建諸侯を中心とする宮廷が各地に存在したし,さらにお抱え作家を持つ権力,財力をそなえたパトロンをそれに匹敵するとみなすこともできる。 宮廷風文学を代表するものは12~13世紀の騎士道物語と吟遊詩人の宮廷抒情詩である。意中の貴女をたたえるこのみやびの伝統はその後も各国の文学に継承されるが,ヨーロッパ全体を覆う文学風土としての騎士道的恋愛観は中世独特のものであった。…

【作法】より

…さらに,もっと手のこんだものとしては,ロベール・ド・ブロア(13世紀)の,王侯に作法や道徳的教訓を説く《帝王学》,女性に淑徳をすすめる《婦女への訓戒》がある。 宮廷生活での最大の関心事は,すぐれた騎士と才色兼備の貴婦人との恋愛であったから,これを主題にした数多くの宮廷風騎士道物語が,最も効果的な礼儀作法書でもありえた。言動の範とするに足る例,避けるべき悪しき例を,筋の展開につれて学びとることができたからである。…

【フランス文学】より

… さらにまた,いま挙げた二つほど強力ではないにせよ,より古い基層として,ケルト的な要素,ガリア的(ゴール的)要素がひそんでいるのも忘れてはなるまい。12世紀に,宮廷風騎士道物語と呼ばれる新しいジャンルが現れた背景には,〈アーサー王伝説〉をはじめ,ケルト系の伝承が大きな形成力として働いている。近代になってからも,ケルト的な魂の神秘性に対する関心は,イギリス・ロマン主義を経由して,フランス・ロマン主義のなかにも流れこんでいるのが看取される。…

※「騎士道物語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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