カンタベリー物語(読み)かんたべりーものがたり(英語表記)The Canterbury Tales

日本大百科全書(ニッポニカ) 「カンタベリー物語」の意味・わかりやすい解説

カンタベリー物語
かんたべりーものがたり
The Canterbury Tales

14世紀最大のイギリス詩人ジェフリー・チョーサーの物語詩集で、中世ヨーロッパ文学の一つの頂点を示す。カンタベリー大聖堂に詣(もう)でる巡礼たちが語る物語の集成で、作者は最初120編余の大作を意図したと思われるが、実際は、未完の作品を含めて、24編が残るだけ。作者は結尾に中世文学特有の「パリノード」(取消しの文)を付して、この物語集をいちおう完結させている。巡礼の集団には、国王乞食(こじき)を除いて、社会各層の多種多様な人物、たとえば、騎士、粉屋、農場親方(兼大工)、料理人、法律家、托鉢僧(たくはつそう)、召喚吏、学僧、商人、郷士、医者、免罪符売り、尼僧院長、修道僧神父などが登場、作者自身も語り手の一人として登場する。物語の内容は、ロマンス、説教文学、滑稽譚(こっけいたん)(ファブリオー)、聖者伝そのほか、当時ヨーロッパに流行した文芸のあらゆるジャンルにわたる。しかし、この作品は単なる物語の寄せ集めではない。たとえば第1話「騎士の物語」は宮廷風恋愛の荘重・典雅なロマンスであるが、第2話の滑稽譚「粉屋の物語」は第1話のパロディーになっている。このように物語は互いに関連しながら進行し、従来の「枠物語」とは異なる構成をもち、個々の語り手には、それぞれの身分境遇、趣味、性格にふさわしい物語が与えられる。作者は、しばしば鋭い風刺を発揮するが、総じて寛容とユーモアに満ち、人間の思想や行動の価値を謙虚に受け止めている。結尾の「取消しの文」は、「コンテンプトゥス・ムンディ」、すなわち作者の「現世否定」の思想を示すが、作品の世界では、むしろ現世に深い歓(よろこ)びを感じていた詩人の人間性が躍如としている。聖・俗二つの世界をそのまま容認する作者の精神が、中世の「人間喜劇」とも称すべきこの作品を創造しえたといえよう。

[安東伸介]

『西脇順三郎訳『カンタベリ物語』(『世界文学大系8』所収・1961・筑摩書房)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カンタベリー物語」の意味・わかりやすい解説

カンタベリー物語
カンタベリーものがたり
The Canterbury Tales

イギリスの詩人 G.チョーサーの最後の作品で最高傑作。 1387年頃~1400年に執筆。1万7千余行の韻文と長い散文から成る 24編の物語集で未完。ロンドン郊外サザックの宿屋に集ったカンタベリー詣での一行 30人ほどが,旅のつれづれの慰めにかわるがわる話をするという,中世文学によくある枠組みをもっているが,各人物の個性化と作者の鋭い社会感覚は,これをいわば 14世紀イギリスの「人間喜劇」にしている。騎士道的な宮廷ロマンス (騎士,法律家などの話) から卑猥なファブリオー (粉屋,農場の親方などの話) ,民話 (バースの女房の話) から説教 (牧師の話) まで,11を数える中世の文学形式を網羅して,さながら中世文学のアンソロジーの観がある。なかでも枠を設定する「プロローグ」は当時の生活を背景に登場する人物群像を的確に活写してあますところのない絶品である。

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