はかる

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

はかる
はかる

数を数えたり、物の大きさや重さ・の多少などを数値に表したりすることで、「はかる」という行為は人間だけがもつ能力である。[内田 謙]

はかることの意義

「はかる」の意味を調べると、「物の量・重さ・時間などを計測する。推量する。予想する」(小学館古語大辞典)、「程度を知ろうとする試み。重さ・量・長さを知ろうとする試み。かぞえる」(三省堂国語辞典)、「量の解(わか)らないものに対して大体の見当をつける。数量を知る」(広辞苑(こうじえん))などがある。また工学的には「ある量を視覚で認識できる量に変換し、変換された量をまえもって定められた目盛りと比較して、その量の値を決めることである」となっている。すなわち「はかる」ことは、ものの量を認識することであり、このために数を数え、比較し、その割合を求めることである。
 ものの量を知るためには、その量と比較するための基準なり目安なりが必要である。二足直立歩行の適応によって手が解放された人間は、さまざまな道具をつくり、その道具を使って文明を築いてきたが、それらの道具は人体の感覚器官や運動器官の延長であり、拡張であった。「はかる」行為も同じように、はかるための基準を人体寸法や感覚に求めている。たとえば、紀元前1世紀のローマの建築家ウィトルウィウスが『建築十書』De architectura libri decemのなかで「神殿の構成は、シュムメトリア(均斉、対称)から定まり、……これはギリシア語のアナロギアといわれる比例から得ることができ、……容姿のりっぱな人間に似るように、各肢体が正確に割り付けられているのでなければ、いかなる神殿も構成の手段をもちえない」と述べている。このように、建築物の寸法の基準を人体に求めている。
 また新しくは20世紀初頭、手と道具との関係についてドイツの研究者ヘーリヒFriedrich Herigは著書『手と機械』(1934)のなかで、「今日の天秤(てんびん)はだいたい手から出てきた感知装置で、……すべての天秤(棒)は2本の手から成り立っており、それが両方の重量の相違を確定する」と述べている。腕や肩に感じる力の感覚の違いによって、重さの比較を人間は行っていたのである。[内田 謙]

はかることの歴史

「はかる」という行為の起源をみると、一つは物々交換のためであり、他の一つは時間に関するものである。すなわち、贈り物の交換の際に、物がはかられたことで、この交換はやがて商売や徴税に取り入れられている。時間をはかることも、早くから関心がもたれていた。太陽が昇り、沈むまでの回数を数えるだけでは満足できず、1日のもっと細かい区分を求めるために、その測定を天文学に求めたのである。
 いずれにしても、ものをはかることは定量化することであり、ある数値に置き換えることである。数値化にあたり、まず数える段階があり、次に物差しの単位のような標準化された大きさが、いくつあるかを数える段階がある。
 古代において、つねに集められたり分配されたりする穀物の籠(かご)の数や家畜の頭数などを、記録することが必要であった。最初はおそらく数える道具として、手の指が用いられたであろう。やがてそのかわりに1本の棒に数を刻みつけるようになり、ついで粘土板などに1本ずつ線を引いて記録し、さらに巧妙な符号を使って大きな数を表すようになっている。物と物との交換において、物のかわりに記号を用いるようになって、実物を数えなくても、足し算や引き算ができるようになってきた。つまり、物の集合と物の集合とを比較するための基準に、両手の10本の指が用いられていたが、その10本の指が算術の指=数字(ディジットdigit)となって、十進法の起源となっていくのである。はかる歴史のなかで、穀物の計量がもっとも基本的なものであり、あらゆる計測の始まりとなっている。農耕の開始とその作業の集団化が度量衡の発展を促した。人間の手は道具をつくり、それを使うと同時に、容器としての役割も果たしたのである。農耕開始の初期には、穀物をはかるために両手で穀物をすくって、穀物の量を比較したであろう。[内田 謙]
はかるための握る・持つ
古代の中国や日本の体積の単位に、にぎり(握)が記されている。これは、一握り分の容量をさしている。また重さの比較は、人間の感覚能力、上肢の深部感覚に基づく、手に把握された物の重さを知る機能を利用して計測された。天秤の使用は紀元前5000年ころであるといわれているが、前にも触れたように、この天秤は人間の感知機能を道具に置き換えたものである。
 さらに農耕は、面積をはかる基礎づくりにも役だっている。一定量の穀物を得るには、どの程度の広さが必要なのか、また穀物を税として納めるためには、一定の広さからどれだけ収穫したらよいかなどの基準をつくるのに、土地をはかる必要があった。土地の面積の測量には長さが必要であり、その長さの単位には、人間の歩幅が一つの目安に使われていた。[内田 謙]
はかるための歩く・見る
古代の中国や日本で土地の面積をはかるための長さの単位に歩(ふ)が使われた。中国の周時代に(き)という単位があって、足を1歩踏み出す長さ(約75センチメートル)を表しているが、歩は2歩踏み出したときの長さである。つまり1複歩(約150センチメートル)が歩の意味である。また歩を平方した面積をも歩とよんだ。欧米のフートfootも一歩幅の長さに由来する。同様に人間の歩いた距離も重要な尺度となっていて、わが国の一里は、普通の人が1時間に歩いた距離、約4キロメートルをさしている。
 時間をはかることも、人間の生活に不可欠なものである。正確な時間の計測は、バージ脱進機をもつ機械時計が出現した1340年ころまで待たなければならないが、時間に関する記録は、前3500年ころにエジプト人が正確な天文観測を行って、かなり正確な暦をつくっていたことがわかっている。人間は時間に関心をもつようになって、日数を数えるだけでは満足せず、細かい区分を求めるようになった。文字をもたないころの人間ができる天文観測の一つに、影による観測があった。1日の活動が夜明けに始まり、たそがれに終わるなかで、太陽の移動とともに自分の影や物の影が移動することを発見した人間は、棒を地面に垂直に立てて、時間をはかることを考えた。おそらく1日間の測時器は、前1450年ころのエジプトの日時計(影時計)が最初であるといわれる。[内田 謙]

人体尺度と長さの単位

20世紀のイギリスの物理学者バナールJohn Desmond Bernal(1901―71)は、「人間から道具や衣服をすべてはぎとっても、……それでもなお人間は外界を記録するための感覚器官と外界を変化させるための運動器官とからなる、完全な一組の物理的装置を所有している」(『人間の拡張 物理学史講義』)と述べている。このことは、人間が外界の状態を測定・記録する装置をもち、道具器官としての手をもっていることを強調するものである。繰り返していうが、道具や測定器械は、人体の感覚・運動装置を外化し、延長あるいは拡張したものである。
 ウィトルウィウスの人体比例を引用するまでもなく、人体の各部位の長さは、今日のメートル法が確立されるまで、それぞれの社会において尺度の単位となってきた。[内田 謙]
単位としての手または指
古代ギリシアの彫刻家、たとえばポリクレイトスは、人体の各部分のつり合い(プロポーションproportion)を論じたなかで、その構成要素に手掌あるいは指の長さを一つの基準にしている。まさに手そして手指は、尺度を決める際の決定的な役割を果たしている。
 古代中国の尺度の起源は手幅であるといわれる。殷(いん)王朝時代に骨尺があって、その長さは16.9センチであると、中国の考古学者羅福頤(らふくい)は1970年代にその著書『伝世歴代古尺図録』のなかで述べており、その長さは常人の手幅に基づくものであろうと推測している。この手幅は、その長さからみると、おそらく手指を広げたときの母指から小指までの長さをさすものと考えられる。これが尺の単位の始まりとされる。また秦漢(しんかん)の時代に残存した古制尺を周尺とよんでおり、『説文解字(せつもんかいじ)』尺部咫(あた)字注に「中婦人手八寸之咫、周尺也」と記されている。咫は手首にある屈曲しわから示指(人差し指)先端までの長さ(手長)をさす。日本でも上代に使われた長さの単位に咫(あた)とよばれるものがあった。「あ」は開(あ)の語根、「た」は手のことで、「あけた」(開け手)の意味、つまり母指と中指を開いたときの長さをさしている。またこぶしを握ったときの四指の幅もやはり「にぎり」(握)という単位で、日本や中国で用いられた。イギリスでは母指と小指とを張った長さをスパンspanとよんでいる。手幅をハンドhandという単位で表すこともあった。
 指は、主として母指の幅が単位となっている。フランスの古い単位にプスpouce(母指の意)が使われ、また欧米で使われているインチinchも母指幅である。日本の「き」(寸)は、示指の中節骨の長さを一寸としている。江戸中期の『貞丈(ていじょう)雑記』に「ひとさし指の中の節と上の節との間を一寸とするなり」と記されている。[内田 謙]
単位としての前腕
(ひじ)から中指の先端までの長さも単位となっている。もっともよく知られているのがキュービットcubitである。古い記録では、前3000年ころエジプトにおいて王室腕尺として用いられ、1腕尺(約51.5センチ)を一辺とした正方形の対角線の長さが、土地測量の際に用いられた。また古代インドでも、肘から中指先端までの長さがハスタhastaという名称で使われていた。日本の尺は、おそらく前腕、つまり尺骨の長さであろう。オランダでも肘を意味するエルelが単位として用いられている。[内田 謙]
単位としての足
歩幅のほかに、足の長さ(かかとから足指の先端まで)も便利な物差しとして多くの国で用いられている。たとえばエジプトの王室腕尺に基づいたローマの足尺ペスpes(ラテン語)は、近代の足尺フートfoot(30.48センチ)より約0.91センチ短いが、ヨーロッパの多くで基準として用いられている。足尺には、フランス語のピエpied(足)も、かつて約32.5センチの単位を表していた。ヘレニズム時代の数学者で天文学者エラトステネスが、地球の測定に足尺を用いたという記録が残されている。おもしろいことに、日本では足の長さが尺度化されている例はみられない。せいぜい『古事記』に、景行天皇は「御身(みみ)の長(たけ)一丈二寸、御脛(はぎ)の長さ四尺一寸なり」という表現があるくらいである。
 おおむね尺度は、基準を手に求めているが、土地の単位には農耕作業にかかわりの深い足に求めていることも興味深い。[内田 謙]

人体比例と比例尺

先に述べたウィトルウィウスの『建築十書』のなかでは、ギリシア神殿が人体比例を借りて割り出されたものであるとしているが、後年の研究では学術的な裏づけのない伝説であるとされている。しかしギリシア時代にすでに高度な比例法が存在していたことを物語るものであり、ウィトルウィウスが比例法のモジュールmoduleの発見者であることには変わりない。
 古代ギリシア人は、人体のもつ完璧(かんぺき)な比例の美しさに心をとめ、人体の比例に関心を寄せていた。人体比例の構成要素としてもっとも多く用いられるのは、頭頂からおとがい(下あご)までの垂直距離、つまり全頭高である。古代ギリシア彫刻にみられるポリクレイトスの作品は7頭身であり、リシッポスのそれは八頭身である。人体比例について、ウィトルウィウスは、人体の中心はへそであり、人間が手や足を広げると、人体は完全な幾何学的形態である方形と円の中に入れ込まれるので、人体は比例の模範型であると述べている。このウィトルウィウス的人間といわれる像は、後年いくつか描かれており、なかでもレオナルド・ダ・ビンチの素描が著名である(図A)。
 古代ギリシア人のもっていた比例概念は、ただ美術分野だけでなく、ギリシア文化全般にわたっており、物の美しさの物差しである黄金比(黄金分割)を誕生させている。
 この「人体の寸法と数学との結合から生まれた物をはかる道具」の比例尺度であるモデュロールmodulorの理論体系を組み立てた20世紀前半の近代建築界の鬼才フランスのル・コルビュジエは、比例尺度は人体ばかりでなく、広場から本箱に至るまで、あらゆるデザインにも適用しうる尺度であると説いている。
 ル・コルビュジエは、物の大きさをはかる基本として、自然な形で手をあげた人間を想定し、その全長は1:1.618:2という割合をもち、へそから下の部分が単位1となるという比例尺度を提唱している。彼の考えを実現した建物「ユニテ・ダビタシオンunit d'habitation」(1947)がマルセイユに建てられ、モデュロール宣言を記念する「尺度の碑」がある。[内田 謙]

感覚尺と尺度

人間は、目で見たり、耳で聞いたり、そして手で触ったりして、外部環境の広がりや変化などを受け取り、その情報が大脳で知覚され、その認識に基づいて、判断したり行動したりしている。その判断基準が感覚尺度として表れる。つまり、大きい・小さい、遠い・近い、あるいは粗さとか滑らかさとかなどが、人間のさまざまの感覚器官を通しての感覚尺度となる。とくに皮膚感覚や深部感覚は、味覚とともに人間の感覚の原点となっている。たとえば、われわれは目を閉じ、耳をふさいでいても、身体感覚の働きによって、物の大きさ、形、あるいは物のある方向や物までの距離などを識別することができる。手を通して、皮膚感覚と深部感覚による触空間が成立し、物の表面の粗さや滑らかさ、乾湿の度合い、弾性や粘性、あるいは物の重さや大きさを認識することができる(図B)。
 感覚装置の働きを「はかる」道具に置き換えた代表的な例の一つとしての天秤は、二つの手が両方の物の重さを比べてその相違をはかるのであり、一つの手からなる台所秤(ばかり)や携帯用の懐中秤のようなばね秤は地球の重力に応じて、腕の力が反作用を示すような仕組みに似ている。人間の手は物を把握したとき、それぞれの指から同時に、しかも正確に情報が得られる仕組みになっているが、その働きの一つとして重量を識別する機能をももっている。
 寒暖計も、人間の温度識別機能を「はかる」道具に置き換えたものである。人間に限らず恒温動物の体温にはあまり変化はない。たとえばゾウは36℃、鳥は41℃で、30℃以下または45℃以上の体温をもつ恒温動物は地球上にはいない。人間の体温は、身体の内部で37℃とほぼ一定である。外部環境の温度は、この体温が一つの目安となる。温度感覚は、一般に衣服で覆われた部位、乳頭や背部、臀部(でんぶ)などが敏感であるとされているが、温度刺激に順応できる範囲は16~40℃で、それよりも冷たくても熱くても順応できないという性質をもっている。
 また「はかる」とは直接に結び付かないが、人間のもつ、いわゆる五感に基づいた距離のとり方がある。目で確かめられる可視距離や、発声器官と聴覚器官の関連による会話距離、混み合った通りを歩いたり、立ち話をしたりする場合の人間(じんかん)距離など、ほぼ、ある決まった距離がとられるのが普通である。[内田 謙]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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