日本大百科全書(ニッポニカ) 「ばら物語」の意味・わかりやすい解説
ばら物語
ばらものがたり
Roman de la Rose
13世紀フランスの寓意(ぐうい)・啓蒙(けいもう)文学の傑作。まったく趣(おもむき)の異なる二部からなる。第一部(八音節詩句4058行)はギヨーム・ド・ロリスGuillaume de Lorris(1200?―1240?)が1230年ごろに、第2部(1万7722行)はジャン・ド・マンJean de Meung(1240?―1305)が1275~80年ごろに書いた。
作品の第一部は詩人の夢物語として始まる。詩人が意中の女性の象徴「ばら」を摘もうと腐心する恋物語である。ばらのすみかの果樹園は「憎悪」「卑劣」「貪欲(どんよく)」「羨望(せんぼう)」「悲しみ」「老境」など多くの寓意的人物に守られている。詩人は「閑暇」の案内で果樹園に入り、美しいばらをみつけ「愛の神」の放つ矢に当たってアマン(恋する男)Amantとなる。「歓待」はアマンに親切である。しかし「嫉妬(しっと)」がばらの木と「歓待」の周囲に高塀を巡らし恋路を妨げる。アマンはわが身の悲しい運命を嘆き、第一部は終わる。宮廷恋愛の礼賛者ギヨームは柔軟繊細な文体に支えられた寓意法を駆使して恋愛心理の紆余曲折(うよきょくせつ)を描写し、また「愛の技法」を詳述している。
第二部は第一部の形式と人物を継承するが、博学な聖職者であり懐疑思想家でもあるジャンは、もはや宮廷恋愛には関心を示さない。アマンの相手役の「理性」「友人」「自然」などは、逆に女性の悪徳を衝(つ)いて伝統的な女性礼賛を攻撃するほか、結婚や騎士道あるいは托鉢(たくはつ)修道会の批判に長広舌を振るい、さらには王国の起源に関しても大胆な言論を展開する。作者の百科的知識の開陳は物語の筋の興味を失わせるが、最後にアマンは「自然」と「ジェニウス」(生殖の神)の加勢を得て「愛」の軍勢によってばらを摘み、夢醒(さ)めて物語は終わる。ジャンの説くところ、要は人間は神の創造になる自然に従うべきもので、恋愛も結婚も生殖を目的とした自然の営みにほかならない。キリスト教的自然法思想が、第一部の宮廷風果樹園の理想に鋭く対立する。
[目黒士門]
ばら物語論争
『ばら物語』は当代の知識人の間に大きな反響を呼び起こし、とくに第二部の女性攻撃は賛同者と反対者の論争に発展する。賛同派のジャン・ド・モントルイユJean de Montreuil(1354―1418)対反対派の女流詩人クリスチーヌ・ド・ピザンおよびジャン・ド・ジェルソンの論争はとくに有名で、ピザンは『愛の神への書簡詩』(1399)により、ジェルソンは『ジェルソンの意見』(1402)により論陣を張った。論争は15世紀にラブレーの『第三の書』に大きく取り上げられるが、けだし『ばら物語』第一部から第二部への急激な変化は、フランス思想史上新しい行動原理の出現を告げるものであった。
[目黒士門]
『V・L・ソーニエ著、武島栄三・高田勇訳『世俗道徳と「薔薇物語」前編』(『中世フランス文学』所収・白水社・文庫クセジュ)』▽『G・ハイエット著、柳沼重剛訳『薔薇物語』(『西洋文学における古典の伝統 上』所収・1969・筑摩叢書)』▽『『薔薇物語研究ノート――若杉泰子遺稿集』(1975・カルチャー出版社)』