フランス中世の韻文物語。作者を異にする前・後編からなり,前半4020行(ルコア版)はギヨーム・ド・ロリスGuillaume de Lorrisによって1237年頃に,後半1万7722行はジャン・ド・マンによって1275-80年頃に書かれた。物語は作者が見た夢を語るという形をとり,恋の成就(バラを手折ること)と恋愛作法を,抽象的な観念を形象化・擬人化するアレゴリーを用いて描く。したがって物語は字義通りとアレゴリーの二重の読取りを必要とする。主人公は〈悦楽〉の園で〈愛〉の矢(〈美〉〈率直〉〈礼儀〉など)に当たり,バラに心を奪われるが,〈羞恥〉〈恥辱〉〈恐怖〉など女性心理の寓意的人物や〈悪口〉が見張る塔に幽閉されてしまう。前半は宮廷風恋愛の心理や過程を流麗な文体で形象化したものであるが,後半は物語の枠組を踏襲しながらも,精神は全く相反するものとなっている。主人公は〈自然〉の司祭ゲニウスとウェヌス(ビーナス)に励まされ,〈愛〉の軍勢によってついにバラを折ることに成功する。作者がここで説くのは個人にかかわる宮廷風恋愛ではなく,人間は神が造った自然の理法に従って生きるべきものとする汎神論的自然主義であり,作品全体は合理的批評精神に貫かれ,近代の先駆となっている。これは物語というよりは膨大な知識を盛り込んだ〈鑑〉と言えよう。この作品は16世紀に至るまで読み継がれ,大きな影響を与え,その激しい女性攻撃は14世紀末に文学史上重要な〈薔薇物語論争〉を引き起こし,保守主義と人文主義を対立させた。
執筆者:神沢 栄三
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