オウィディウス(読み)おうぃでぃうす(英語表記)Publius Ovidius Naso

日本大百科全書(ニッポニカ) 「オウィディウス」の意味・わかりやすい解説

オウィディウス
おうぃでぃうす
Publius Ovidius Naso
(前43―後18)

古代ローマ詩人。中部イタリアの町スルモ(現スルモナ)の富裕な騎士階級の家に生まれる。カエサルが暗殺された翌年である。一つ違いの兄とともに修学のために早くからローマに送られ、法律や修辞学を学んだ。このころのローマはすでにアウグストゥスの天下統一によって苦しい内乱の時代を終え、未曽有(みぞう)の平和と繁栄を迎えようとしていた。彼はここで当代の優れた修辞学者たちについて学んだが、とりわけ、華麗な技巧をもって聞こえるアジアニズム派の代表者アウレリウス・フスクスから少なからぬ影響を受けた。彼の詩作天分はすでに著しく、後年述懐によれば、議会や法廷向きの演説を書こうとしても、「ことばはひとりでに詩になった」という。しかし、息子に世間並みの出世の夢を託する父の期待を裏切るわけにもいかず(勤勉な兄は若くして他界した)、勉学のコースを完成するためさらにアテネに留学したが、その帰途、若い詩人アエミリウス・マケルとともに小アジアからシチリア島にかけて長途の旅を試みた。

 帰国後、予定どおり法曹の道に進み、一、二の公職にもついたが、このような堅苦しい職業はもとより肌にあわず、早くから当時の有力な文芸パトロン、メッサラ・コルウィヌスを中心とする詩人たちのサークルに加わり、その指導的地位にあったティブルスをはじめ多くの若い詩人たちと交わり、華やかな社交界にも出入りした。彼の詩作活動はまず、当時流行のエレゲイア調恋愛詩の分野で華々しく開花し、架空の恋人コリンナに寄せる恋情を軽妙に歌った『恋の歌』Amoresが出世作となった。ついで、神話伝説で名高いヒロインたちが恋人や夫にあてた手紙という奇抜な趣向で、女性の恋愛心理を巧みに描いた『名婦の書簡Heroidesで人気を博した。しかしその後に書かれ、彼の恋愛詩の代表作となった『アルス・アマトリア』(愛の技術)は彼の名声を高めると同時に、風俗紊乱(びんらん)の書として一部のひんしゅくを買うことにもなった。このジャンルの作としてはほかに『女の化粧法』De Medicamine Faciei Femineae(一部のみ残存)、前記『アルス・アマトリア』の解毒剤的続編『愛の療法』Remedia Amorisがある。

 その後、恋愛詩と決別した詩人は長編の物語詩の制作に意欲を燃やし、大作転身譜Metamorphoses15巻をほぼ完成、さらにアウグストゥス帝に献呈の予定で、ローマの古伝承や宗教的行事を題材とした『祭暦』Fastiを制作中の紀元後8年、突然その皇帝から黒海沿岸のトミス(現ルーマニアのコンスタンツァ)へ追放を命じられた。首都ローマでの華やかな社交と安楽に浸ってきた詩人にとって、追放地での生活はこのうえもなく悲惨であった。しかし、幾度となく繰り返された愁訴嘆願もかいなく、10年をこの地で過ごして没した。この間に書かれたものでは、故国の知己や有力者にあてた『嘆きの歌』Tristia、『黒海便り』Ex Pontoなどが伝存し、詩人の生伝を知るうえでも貴重な資料となっている。

[松本克己]

『オウィディウス著『転身物語』(1981・人文書院)』『オウィディウス著『恋の技法』(1995・平凡社)』『オウィディウス著『悲しみの歌/黒海からの手紙』(1998・京都大学学術出版会)』『オウィディウス著『変身物語』上下巻(岩波文庫)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「オウィディウス」の意味・わかりやすい解説

オウィディウス
Ovidius Naso, Publius

[生]前43.3.20. 中部イタリア,スルモ
[没]後18. トミス
ローマの詩人。恋愛エレゲイア最後の詩人。『恋さまざま』 Amores (5巻,前 20) や『名婦の書簡』 Heroidesが平和と繁栄のさなかのローマの上流社会に受けて一躍時代の寵児となったが,『愛の技術』 Ars amatoria (3巻,前1) などがアウグスツス帝の綱紀粛正政策に合わず,『愛の治療』 Remedia amorisとか,もっとまじめな『変形譚』 Metamorphoses (8頃完成) ,『祭暦』 Fasti (未完) の執筆にもかかわらず,8年黒海沿岸の僻地トミスに追放された。その後『悲歌』 Tristia (5巻,8~12) ,『黒海だより』 Epistulae ex Ponto (4巻,12~16) などによって嘆願を繰返したが,ついに帰国を許されなかった。中世を通じて彼の作品,特に『変形譚』は旧約聖書に類似する点があるために広く読まれ,ルネサンスの芸術家たちの神話的題材の源となり,フランス宮廷文学をはじめ,シェークスピア,ミルトンらにも大きな影響を与えた。

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