パリ平和会議(読み)パリへいわかいぎ

百科事典マイペディア 「パリ平和会議」の意味・わかりやすい解説

パリ平和会議【パリへいわかいぎ】

1919年から1920年にわたりパリで開かれた第1次世界大戦の平和会議。戦勝国27ヵ国が参加したが実質的にはウィルソン(米),ロイド・ジョージ(英),クレマンソー(仏)が会議を指導。ウィルソンの十四ヵ条平和原則を基礎とし,国際連盟設立や中東欧諸国の独立を決定した。しかし,列国の利害が対立して植民地や少数民族の利益は無視され,英仏両国はドイツ抑圧と植民地拡大を強引に実現させた。会議の結果に基づき,サン・ジェルマン条約,セーブル条約,トリアノン条約,ヌイイー条約,ベルサイユ条約が結ばれた。
→関連項目西園寺公望|畑俊六|牧野伸顕

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パリ平和会議」の意味・わかりやすい解説

パリ平和会議
パリへいわかいぎ
Paris Peace Conference

1946年7月 29日パリのリュクサンブール宮殿で開かれた,第2次世界大戦時のイタリア,ルーマニア,ブルガリア,ハンガリー,フィンランドなどの枢軸国およびその衛星国5ヵ国と,連合国 21ヵ国との講和会議。 47年2月 10日,5つの講和条約が同時に調印され,いずれも9月 15日に発効。これらの講和条約はドイツ,オーストリアとの講和条約と異なり,ポツダム協定の規定どおりアメリカ,イギリス,フランス,ソ連の四大国外相理事会で草案が準備され,パリ平和会議では同条約の草案が確認されるだけの作業でほとんど波乱なく成立をみた。

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