パーマー(読み)ぱーまー(英語表記)Harold Edward Palmer

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「パーマー」の意味・わかりやすい解説

パーマー
Palmer, Sir Geoffrey

[生]1942.4.21. ネルソン
ニュージーランドの政治家。首相(在任 1989~90)。ニュージーランド労働党党首。本名 Sir Geoffrey Winston Russell Palmer。ビクトリア大学ウェリントン校で法学士号を取得し,アメリカ合衆国のシカゴ大学にも学んだ。1964~66年,ウェリントン法律事務所に事務弁護士として勤務したのち,教職につき,ビクトリア大学ウェリントン校で政治学講師(1968~69),アメリカのアイオワ大学バージニア大学で法学教授(1969~73),再びビクトリア大学ウェリントン校でイギリス法とニュージーランド法の教授(1974~79)を務めた。1975年にニュージーランド労働党に入党し,1979年の補欠選挙で国会議員に選出された。ウォレス・エドワード・ローリング首相の秘書官となり,まもなく副党首(1983~89),副首相と法務大臣,検事総長(1984~89)を務めた。1989年8月,党内の忠誠と世論の支持を失いかけたデービッド・ロンギ首相がパーマーを後継者に指名して辞任すると,党幹部の同意を得て首相に就任。しかし約 1年後の 1990年9月,ロンギと同様の理由で辞任した。その後はビクトリア大学とアイオワ大学で法学を教え,1994年に法律事務所を共同設立した。2005年に政府が出資する法曹分野の諮問機関である法律委員会の委員長に就任し,議会に法律の見直しなどを提言。1991年に勲爵士に叙された。

パーマー
Palmer, Arnold

[生]1929.9.10. ペンシルバニア,ラトローブ
[没]2016.9.25. ペンシルバニア,ピッツバーグ
アメリカ合衆国のプロゴルファー。フルネーム Arnold Daniel Palmer。ゴルフマスターズトーナメントで史上初の 4度にわたる制覇と獲得賞金 100万ドルを達成した。高校時代に州大会で 2度優勝し,ゴルフの奨学生としてウェイクフォレスト大学に進学。1950年同大学を中退し,沿岸警備隊に勤務。1954年全米アマチュア選手権大会で優勝し,プロに転向した。1955年カナディアンオープンでプロ初勝利。1958年マスターズトーナメントを制して頭角を現わし,以後同トーナメントで 1960,1962,1964年に優勝。ほかの四大メジャートーナメントでは,1960年に全米オープンゴルフ選手権大会で,1961年と 1962年に全英オープンゴルフ選手権大会で優勝。マスターズトーナメントには 1955~2004年の 50年にわたり連続出場を果たした。1980年創設の全米プロゴルフ協会 USPGAのシニアツアー(今日のチャンピオンズツアー)に初回から参戦し,その振興に貢献。2006年競技を引退。生涯で 92のトーナメントで優勝し,うち 62は USPGAのツアー。アーノルド・パーマーエンタープライズゴルフコースの設計会社を経営するなど,実業家としても活躍。2004年大統領自由勲章を受章した。

パーマー
Palmer, Samuel

[生]1805.1.27. ロンドン
[没]1881.5.24. レッドヒル
イギリスの画家,版画家。 1824年 10月 J.リンネルの紹介で会った W.ブレークから強い影響を受け,神秘的で幻想的な風景画を描いた。 26年以降,ケント県のショーラムに住み,27~30年には主として水彩による風景画を最も多く描いた。 34年にロンドンに移り,ウェールズ,イタリアに旅行し,死ぬまで牧歌的な絵を描き続けた。主要作品『聖家族の休息』 (1824~25) ,『ショーラム・ガーデン』 (29頃) 。

パーマー
Palmer, Harold E.

[生]1877.3.6. ロンドン
[没]1949.11.16.
イギリスの声音学者,語学教育家。 1922年文部省の顧問として来日し英語教授研究所を開設し,口頭教授,イントネーション研究の面で日本の英語教育に貢献した。主著に『口語英語文法』A Grammar of Spoken English (1924) ,『英単語の文法』A Grammar of English Words (38) などがある。

パーマー
Palmer, Daniel David

[生]1845.3.7. トロント近郊
[没]1913.10.20. ロサンゼルス
アメリカのカイロプラクティック創始者。 20歳のときアメリカに移住,1885年にはアイオワ州ダベンポートに転じ,当時流行した磁気療術に興味をもち,独自のカイロプラクティック療法を開発した。 98年,パーマー・カイロプラクティックスクールを開設。

パーマー
Palmer, Herbert Edward

[生]1880
[没]1961
イギリスの詩人,批評家。詩集『二人の吟遊詩人』 Two Minstrels (1921) などのほか,評論『ビクトリア朝以後の詩』 Post-Victorian Poetry (38) ,自叙伝など多数の著書がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「パーマー」の意味・わかりやすい解説

パーマー(Harold Edward Palmer)
ぱーまー
Harold Edward Palmer
(1877―1949)

イギリスの英語学者、外国語教授法研究家。ロンドンに生まれ、ベルギーのリエージュ大学を卒業。ロンドン大学での口語英語担当講師を経て、文部省英語教育顧問として1922年(大正11)来日、翌1923年新設の英語教授研究所(1942年に語学教育研究所と改称)の初代所長として口頭教授法を中心とする新教授法(オーラル・メソッド)を提唱、戦時色に向かう1936年(昭和11)に帰国するまで講演、著述、教科書編集などと旺盛(おうせい)に活動し、日本の英語教育界に強い影響を与えた。『口語英語の文法』A Grammar of Spoken English(1924)は音声学の面から口語英文法を解明した主著で、東京帝国大学から文学博士号を受けた。ホーンビAlbert Sidney Hornby(1898―1978)編『オックスフォード上級辞典』Oxford Advanced Learner's Dictionaryの元は、パーマーが日本で構想、企画したものである。

[上野景福 2018年7月20日]


パーマー(Samuel Palmer)
ぱーまー
Samuel Palmer
(1805―1881)

イギリスの画家、版画家。ロンドンに生まれ、初めはターナーの風景画の強い影響を受けた。1824年、J・リネルの紹介で知り合ったブレイクの影響で生来の神秘的傾向を強め、セピアの硬質な線描による宗教的な風景画を制作。27年にはケント州ショーラムに移り、キリスト教の象徴に満ちた幻想的な田園風景を水彩やセピアで描いた。彼のもとを訪れるG・リッチモンドやE・カルバートなどは、古代の詩人や芸術家への関心から自分たちを「ジ・エインシェンツ(古代人)」とよんだ。39年以降ロンドンに戻り、しだいに古典的な作風をみせるようになったが、彼の作品の最良のものは、20年初頭からショーラム滞在時代に描かれた透明感のある風景画にあった。

[谷田博行]


パーマー(Arnold Palmer)
ぱーまー
Arnold Palmer
(1929―2016)

アメリカのプロゴルファー。J・ニクラウス、G・プレーヤー(1935―)とともに近代ゴルフの三大巨人とうたわれた。全米オープン(1960)、全英オープン(1961、1962)、マスターズ(1958、1960、1962)に優勝。積極果敢なチャージと逆転の鮮烈なプレーが大衆ファンの憧憬(しょうけい)の的となり、ゴルフをメジャー・スポーツにした功労者として知られる。年間の賞金王としても長年にわたって記録保持者であった。たびたびの来日で日本でもその人気は高かった。

[水谷 準]

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