翻訳|intonation
文全体あるいはその一部分にかかわる音声的特徴で,その言語社会において習慣的に定まっている状態のものをいう。日本語では抑揚ともいう。主として高さの変動がその実質をなしている。文のイントネーションが同一言語内に複数種類ある場合,それらがなんらかの意味的差異に関与しているといってよい。文というものの長さがさまざまなので,異なるイントネーションは文の中間部よりも末尾における音程動態で互いに区別されることが多い。東京方言の簡単な文を例にとると,〈来る〉は,単語としては〈ク〉が高く〈ル〉が低いという高低アクセントで発音されるものであるが,文の場合には,〈ル〉が下がりっぱなしで発音されると,通常,誰かが来るということを表すが,〈ル〉が低いところから軽く上昇すると,疑問を表す文になる。すなわち,イントネーションの違いが文の意味の違いに結びついているわけである(東京方言では,実際にはイントネーションの種類はもう少し多く,微妙かつ複雑である)。イントネーションは,それをどの程度に利用するか,何種類有するかといった点で,言語や方言によって非常に変異する。叙述文と肯否を問う疑問文が単語や接尾辞などによらずにもっぱらイントネーションの違いで区別される言語もある。なお,いくつかの言語間には共通性が認められるが,文末が上昇すると疑問を表すということが普遍的であるとする考え方は,事実に反する。また,高低アクセントを用いる言語で,かつ,文末に各イントネーションの特徴が現れる言語(日本語もその一例である)では,イントネーションが特に文末の語の高低アクセントとからんで現れることが多い。東京方言の〈来る?〉と〈行く?〉では,〈ル〉と〈ク〉が上昇する点では共通であるが,高低アクセント上〈ル〉と〈ク〉の高さが異なるため,それぞれの上昇の出発点の高さがひどく異なっている(この場合,〈ル〉のほうが低い)。スワヒリ語(アフリカ)では,たとえばanasoma〈(彼は)読んでいる〉は,単語としてsoが高いというアクセントを有し,叙述文(平叙文)ではそのとおりに発音される。しかし,疑問文では,soをより高くし,末尾の低いmaとの差を誇張するようなイントネーションをとる。したがって,イントネーションを解明するには,その言語のアクセントを解明することが先決である。
→アクセント
執筆者:湯川 恭敏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般には、話しことばにおける声の抑揚をいう。音楽では無伴奏で歌われる単声聖歌の始めの部分。また、正確な音の高さをもいう。
言語学では、話しことば、朗読などにおける声の高さの時間的変化をいう。句や文の終結と連続とを区別し、平叙文、断定文、命令文、疑問文の別を示し、また、喜怒哀楽など話者の感情を表出する。とくに統語構造、話の焦点などを明示するため、内容理解への影響が大きい。
一般に、文の末尾は低く、次の句へ連続する場合の句末はやや高い。疑問文では文末が上昇する。上昇の度合いには、言語差および方言差があり、英語より日本語のほうが上昇幅が少なく、東京方言より近畿方言のほうがより少ない傾向がある。疑問文における末尾の上昇は各言語に共通する特徴と考えられているが、言語により異なる場合も少なくない。英語では、疑問詞が先行する文の末尾は上昇せず、Yes, Noで答えられる疑問文は末尾が上昇する。この種の言語は多いが、ロシア語では、「マーマ・ドーマ?」Мама дома?(お母さんはお家?)の場合、доで急に上昇し、末尾で急に下降する。
いわゆる強弱アクセントの言語では、アクセントは強さ、イントネーションは高さの変化であるとされる。最近の実験結果によれば、アクセントのもっとも重要な成分は高さであり、強さ、長さおよび音質の変化がこれに伴う。イントネーションも高さの変化が主体であるが、これとともに、強さ、長さおよび音質の変化が伴う場合がある。たとえば、平叙文と疑問文とは末尾の基本周波数の変化(高さの変化)であり、喜び、怒り、悲しみなどの感情表現は、高さの変化だけではなく、音質と長さおよび強さの変化を伴う。
感情表現における音響的特徴においても、人間としての普遍性があるとともに、言語による差異があり、英語より日本語のほうが変化が少ない。イントネーションに関しても、アクセントと同様に、生成(発話)と知覚(聞こえ)の両面から検討すべき点が多い。
[杉藤美代子]
『吉沢典男著「イントネーション」(『国立国語研究所報告18 話しことばの文型(1) 対話資料による研究』所収・1960・国立国語研究所)』▽『安倍勇著『日英イントネーション法』(1973・学書房)』▽『杉藤美代子著「アクセントとイントネーション」(国広哲弥編『日英比較講座1 音声と形態』所収・1980・大修館書店)・『日本人の声』(1994・和泉書院)』
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