改訂新版 世界大百科事典 「ビーナー」の意味・わかりやすい解説
ビーナー
vīṇā[サンスクリツト]
インドの代表的な弦楽器。インド最古の文献ベーダの中にすでにビーナーに関する記述があり,インド古来の楽器として長い歴史をもつ。古くはハープなどを含む弦楽器の総称であったらしく,現在の形に至るまでには多くの変遷をたどってきている。今日のビーナーは18世紀に栄えた南インド音楽の中心地タンジョールで完成されたもので,おもに南インドで古典音楽に独奏楽器として用いられている。北インドにあるビーナーは通常ビーンbīnと呼ばれ,フレットが固定された竹製の棹の両端に同じ形のふくべが共鳴体として取り付けられている。演奏はビーナーと異なり縦にかまえて,伴奏にはパカワージが用いられる。ビーナーの製作地としては,今日タンジョールとマイソールが知られているが,美しい象牙の装飾が施されたタンジョール・ビーナーは別名サラスバティー・ビーナーとも呼ばれている。サラスバティーは学問と芸術をつかさどるヒンドゥー教の女神で,日本の七福神の一人である弁才天の源流とされる。インドで興った仏教は中央アジアを経て中国へ広まっていったが,当時,サンスクリットで書かれた仏典の漢訳が行われ,そこではサンスクリットのvīṇāが〈琵琶〉と訳されている。日本に伝来した中国の琵琶は西アジア系のものと考えられているが,ビーナーが中国に入り,なんらかの影響を与えたであろうことも十分推測できる。
ビーナーは通称ジャック・ウッドと呼ばれるパラミツの木をくりぬいて作られる。1本の木から作るビーナーは最高級品であるが,たいていのものは首と棹の部分を接いである。棹の部分には炭と蜜蠟を練り固めたワックスを置き,その上に24個のフレットが固定されている。この部分はたいへん壊れやすく,2年に1度はワックスを溶かし直し,音律を調整しなければならない。演奏弦は4本で,ほかにリズムを刻むサイド弦が3本ある。演奏弦の調弦は,低い方からろ・ホ・ロ・ホで,サイド弦はホ・ロ・2点ホとなる。棹の片端には紙のはりぼてか,ふくべの共鳴体が取り付けられている。奏法は,あぐらをかいて座り,左膝に共鳴体をのせ,ビーナーを横に抱きかかえるようにして左手を棹の下側から回して弦をとらえる。すべりをよくするため,指にココナツ油を塗り,弦を押したり,横に引いて張力を加減し,うねるような独特の旋律をつくる。
北インド音楽ではビーナーに対応する楽器としてシタールが用いられるが,ビーナーの方がシタールより渋く,地味な音色をもっている。北インドではガットという器楽独自の形式が発展したのに対し,南インドではもっぱら声楽が中心で,ビーナーも声楽曲の旋律を模倣する。しかし,歴史に残る音楽家,作曲家たちはビーナー奏者としても名高く,ビーナーが南インド音楽の理論や楽曲形式の発展に寄与したところは大きい。ビーナーは音量が小さく,宮廷や寺院,家庭内などで演奏されてきたが,今日では広いホールでコンサートも行われるようになった。
執筆者:的場 裕子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報