ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フルーリ」の意味・わかりやすい解説
フルーリ
Fleury, André-Hercule de
[没]1743.1.29. パリ
フランスの枢機卿,政治家。国王ルイ 14世とその王妃の聴罪師を経て,フレジュスの司教となり (1698) ,ルイ 15世の家庭教師をつとめたあと,1726年宰相兼枢機卿。統制経済による財政の再建に取りかかり,貨幣価値の安定をはかって商業や産業の奨励に努めた。対外政策では平和の維持に努め,ポーランド継承戦争ではルイ 15世の義父でポーランド王スタニスワフ1世レシチンスキを支持し,ロレーヌとバーゼル公領のポーランド併合をオーストリアに要求し,ポーランド王の死後はフランスに帰属するという約定を獲得した。国内ではジャンセニストと戦い,ジャンセニズムを断罪する教皇勅書を高等法院に登記させた (1730) 。
フルーリ
Fleury
[没]1822.3.3. メナールルシャトー
フランスの俳優。本名 Abraham-Joseph Bénard。 1778年にコメディー・フランセーズに入り,大革命時代には保守派として F.タルマと対立し,一時投獄されたが,1818年に引退するまで喜劇にすぐれた演技を示した。
フルーリ
Fleury, Claude
[没]1725
フランスの教会史家。主著『教会史』 Histoire ecclésiastique (20巻,1691~1720) は最初の膨大な教会史。
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