ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「プガチョーフの反乱」の意味・わかりやすい解説
プガチョーフの反乱
プガチョーフのはんらん
Pugachëvskoe vosstanie; Pugachëv Rebellion
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18世紀後半南ロシアの反乱(1773~75年)。エカチェリーナ2世時代の国家権力の強化,農奴制的搾取の増大に反抗するカザークや辺境民が,ピョートル3世だと名乗るプガチョーフを信じて蜂起したのが始まりで,1774年3月にはウラルの鉱山・製鉄労働者,逃亡農奴を加えて5万人の大軍になった。かろうじて平定した政府はヤイク川をウラル川と改名させ,カザークへの支配権を強めた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...