翻訳|Yiddish
9世紀ころ,北イタリアや北フランスからドイツに移住し,13世紀以後キリスト教徒の迫害を逃れてさらに東欧に移ったユダヤ人(いわゆるアシュケナジム)の間で形成され,ヘブライ語とともに全世界のユダヤ人に最も普及した言語。別名ユダヤ人ドイツ語,ユダヤ語。バルカン諸国や中東に居住するスペイン系ユダヤ人(セファルディム)のラディノ語Ladinoをはるかに凌ぐ,約1000万の話し手を持つとされる。その歴史を反映して一種の混合言語であるが,初期(13世紀まで)に接触した中高ドイツ語諸方言が,音韻,文法,語彙の根幹を決定しており,系統的にはゲルマン語派に属する。ユダヤ教徒の伝承する言語たるヘブライ語,アラム語や,かつて接触したロマンス諸語の要素は語彙の面で最も強く認められ,14世紀以後に接触したスラブ諸語,とくにポーランド語,ウクライナ語,ベラルーシ語の影響は,語彙だけでなく単語形成の型にまで浸透し,例えばヘブライ語の語幹にスラブ語の接尾辞を付けるといった混交が見られる。初期の段階からヘブライ文字を用いて書かれたが,ヘブライ語とは言語構造が異なるため,例えばヘブライ語の子音‘(アイン)を表す字母でeを表すなど,独特の工夫がなされている。口語としては,とくに音韻面において,東欧地方だけでも,顕著な方言差が見られるが,公的使用の頻度が高まるにつれて,19世紀中ごろから現代標準イディッシュ語が確立し,各ジャンルの文学に優れた作品を生んだ。
教育等の強制手段によることなく,民族意識だけでその使用人口を増していった言語の典型である。
しかし一方,イディッシュ語はユダヤ人の間で宗教語として継承されているヘブライ語との相克関係にあったことも否定できず,イディッシュ語を知らないユダヤ人が増えてきたことは,口語ヘブライ語の復活という事実と相まって,この言語の将来を暗示するかのようである。
→イディッシュ文学 →ヘブライ語
執筆者:松田 伊作
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中欧、東欧系のユダヤ人が用いてきた言語。イディッシュYiddishは「ユダヤ語」の意。筆記の際にはヘブライ文字で表記する。居住地の言語が訛(なま)って生まれたユダヤ諸語のうちで、もっとも重要な位置を占める。10世紀ないし11世紀の上部、中部ドイツ諸方言を基礎とするが、それにヘブライ語、アラム語などの語彙(ごい)が流入し、さらに14世紀中葉以降はスラブ圏の言語(とくにポーランド語)の強い影響を受けて、独自の発展を遂げた。今日ではドイツ語の近接語とみなされている。使用人口は、一時、1000万以上にも上ったが、現在では激減した。しかしなおイスラエル、ロシア、南北アメリカを中心に、世界各地のユダヤ共同体で用いられている。
[上田和夫]
…離散のユダヤ人のうち,最初はライン地方のユダヤ人を意味したが,のちドイツ系ユダヤ人とその子孫(他国に移住した者も),および彼らの伝統・文化の総体を意味するようになった。単婚家族を構成しイディッシュYiddish語を使用。アシュケナジムは,セファルディムとともに中世以後のユダヤ人世界を二分した。…
…その一部はスペインでの迫害を逃れて移住した人びとであったが,他のかなりの部分は,ハザル王国(ハザル族)の滅亡とともに各地に離散したユダヤ教徒であった。彼らはポーランドなどでは一部で都市商人層を形成していたが,その大部分は農村に住む零細商人で,ハシディズムの影響のもとに,近代にいたっても伝統的な信仰と風俗習慣に固執し続け,イディッシュ語を独自の言語としてもつ民族集団を形成していた。彼らは19世紀後半に帝政ロシアの迫害と貧困を逃れるため大量に西ヨーロッパ諸国,さらにはアメリカへと移住した。…
※「イディッシュ語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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