日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベオウルフ」の意味・わかりやすい解説
ベオウルフ
べおうるふ
Beowulf
頭韻詩形式で書かれたイギリスの英雄叙事詩。8世紀に成立したとするのが通説だが、最近はもっと後につくられたとする説が相次いで提起されている。中世前期の英詩の大部分と同じく、作者は不詳。質・量ともにこの時期のゲルマン世界を代表するのみならず、『ニーベルンゲンの歌』『ロランの歌』『わがシードの歌』と並んで中世西欧にそびえる記念碑的作品である。1000年ごろに手写された大英図書館所蔵の唯一の写本によって伝わる。3182行の詩句よりなり、物語は二部に分かれる。
[忍足欣四郎]
第一部
カインの末裔(まつえい)である妖怪(ようかい)グレンデルがデンマークの王宮を荒らしていることを、イェーアト人(スウェーデン南部に住んでいた部族)の王の甥(おい)である勇士ベオウルフが伝え聞き、14人の従士とともに海を渡って救援に赴き、宮殿に待ち受けて怪物の腕をもぎ取り死に至らしめる。その翌晩、グレンデルの母が復讐(ふくしゅう)にきて、デンマーク王の寵臣(ちょうしん)を殺害する。ベオウルフは、その女怪を湖底のすみかで退治し、めでたく帰国する。
[忍足欣四郎]
第二部
伯父なる王とその嗣子(しし)の没後、ベオウルフは王位につき、その治世は50年に及ぶが、おりしも地下の財宝を守る竜が、その宝を盗まれたのを怒って国土を荒らす。老王ベオウルフは11人の手勢を率いて竜の住む塚へと向かうが、炎を吐く竜に恐れをなした従士たちは近くの森に逃げ込む。ただ1人踏みとどまった近侍(きんじ)の助けを得て老王は敵を倒すが、自らも致命傷を負い、哀惜のうちに荼毘(だび)に付され、岬に築いた塚に葬られる。
以上のような事件の叙述において、この詩は古典叙事詩と違って直線的には進行せず、当時の写本の唐草模様に似た彩飾のように、さまざまな挿話を取り込み、「定型句」(ある基本的観念を表すために同一の韻律条件下で決まって用いられる句)、「バリエーション」(同一観念を、それぞれその異なった属性を示す二つ以上の語句によって繰り返し述べること)、「ケニング」(複合語または句形式の婉曲(えんきょく)な表現)など独自の詩法、修辞法を自在に駆使しながら、行きつ戻りつ、緩やかに展開していく。そして、この詩の魅力は、このような技法によって適切に表現された、知恵と勇気、忠誠、栄光、世の無常など、人間の基本的感情や観念にあるといえよう。
第一部と第二部との対比、本筋と挿話との関係、ゲルマン的要素とキリスト教的要素との共存など、この詩の構造と内的意味については古くから諸説があり、現在でも、「知恵と勇気」という英雄的理想を描いた叙事詩とする説、「高慢と貪欲(どんよく)」を戒めるキリスト教的寓意(ぐうい)に基づく教訓詩とみる説などが対立しているが、いずれにせよ、芸術的意図に貫かれた詩的世界がここには展開されていて、単なる異教的伝説の寄せ集めなどではない。
[忍足欣四郎]
『厨川文夫訳『ベーオウルフ』(岩波文庫)』▽『忍足欣四郎・池上嘉彦訳『ベーオウルフ』(『世界名詩集大成1』所収・1962・平凡社)』