翻訳|Vietnamese
ベトナムの南北の両デルタ地帯と中部の東部海岸平野地帯を主たる分布地域とするベトナム人の言語。旧称は安南語Annamese。また〈越日辞典〉などのように略して越(えつ)(語)ともいう。北部・中部・南部の3方言に大別されるが,ベトナム人の南進の歴史が比較的新しいので方言的差異はそれほど大きくない。声調は北の6声調の別が,南では5声調になっており,また音節末の子音の別(北部方言で-m,-n,-ɲ,-ŋ;-p,-t,-c,-k;-w,-j,-ゼロ)も南ではその数が少なくなっているが,頭子音については南部方言の方が古い区別をよく保っている。
もとは漢文で記録が行われ,漢詩がつくられて,それをベトナム独自の漢字音で読み下していた(字音)。14~15世紀の頃から,ベトナム語を表記するためにチュノムと呼ばれる文字が漢字(チュ・ニョ〈儒〉の字)から造られて,ベトナム語による長編の物語詩などが書かれ伝えられたが,20世紀に入るとローマ字の普及によりその文字はしだいに用いられなくなった。今日のベトナム語を表記する文字は〈クォク・グゥquô'c ngũ’〉(漢字〈国語〉の字音をあてたもの)と呼ばれるローマ字正書法である。共通語としての文字言語は,主として北部方言を基盤として成立したが,ローマ字で書かれながら,その読みは各地の方言で固有の読み方が行われている。
言語の構造は,タイ語や中国語に似て単音節語的・孤立語的特徴が強いが,ベトナム語の系譜的関係は明らかでない。その語彙において多数を占める漢語はふつう2音節語の形をとり,その音は唐代の中国語の字音に由来するものと認められる。それより前に中国語から借用されたものは単音節の特徴が強く,固有のベトナム語の語彙の中に混在して借用語の意識が薄い。ベトナム語をタイ語系とする説がその構造上の特色に支えられながら,語彙的要素の共通性という面に弱点があるのに対して,モン・クメール語(アウストロアジア語族)との類似は特に身体名称や数詞などという基本的な語彙について認められるので,その語族に帰属させる説も有力に行われてきたが,非声調言語であるその語族の諸言語との同系関係は証明されるにいたっていない。現在,ベトナム語と同系であることが明らかなのは,北部から中部にかけての山間地帯に散在するムオン族の言語ムオン語Muongである。今日のベトナム語が失った語頭の子音群を残しているなど,ムオン語はベトナム語史研究上の価値が大で,両者を併せてベトナムオン語Vietnamuongあるいはベト・ムオン語Viêt-Muongと呼ぶこともある。
文法上の特色としては,修飾語が被修飾語の後に置かれることがあげられるが,量数詞は名詞の前に置かれる。助数詞はその種類が多く,また名詞を動物と非動物とに分け,conとcáiという類別詞を名詞の前に置く。人称代名詞で一人称複数に相手を含まない〈我々〉chúng tôi(排除形)と相手を含む〈我々〉chúng ta(包含形)とが区別されていることが特色とされるほか,主として親族名称に由来する豊富な語彙が代名詞として用いられ,性別や年齢別などにより,さらには話し手と聞き手との間の関係に応じ微妙に使い分けられていることが特徴的である。
執筆者:三根谷 徹
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
インドシナ半島東海岸地帯に分布するベトナム民族の言語。ベトナム社会主義共和国の国語で、使用人口は約6000万。「ベトナム」が漢字「越南」の字音読みであるため越南語(えつなんご)ともいい、自称では「越(ベト)」語という言い方もするが、かつては安南語、アンナム語とも称した。オーストロアジア語族モン・クメール系言語のベト=ムオン諸語に属す単音節型不変化語で、6種の声調をもつ音調言語。音節は[子音+母音+子音]構造で、音韻的には2個の短母音を含む11の母音音素と22の子音音素がたてられるが、子音のうち母音の前に現れる「わたり」の半母音を含めた頭子音を20、末子音を11に数える。北部・南部方言と中部方言に二大別され、前者はさらに北部および南部方言に分かれていて、実際には3種の方言が観察されるが、もともと北部のソン・コイ川(紅河)デルタを中心に居住していたベトナム人の中部・南部両地方への発展が16世紀以降であったため、規範とされる北部方言に対して他の方言が示す差異はさほど大きくはない。叙述形式は主語+述語+目的語の語順をとるが、修飾語が被修飾語の後ろに置かれる点が、事物の性状をとらえて汎称(はんしょう)する類別詞を名詞の前に置くことなどとともに文法上の特徴とされる。複数の第一人称代名詞に聞き手を含まない排除形式と聞き手を含む包含形式が区別されることや、親族名称が一般に人称代名詞や呼称詞として使用され、性別や年齢により、また話し手と聞き手の相対的地位を考慮して微妙に使い分けられることも興味ある言語事実である。ベトナム人が古くから中国文化と接触したため中国語からおびただしい語彙(ごい)を借用しており、新聞などで用いられる現代語の水準で70%前後の漢越語とよばれる漢語または漢字語彙が含まれている。これらの語彙は中国唐代の中国語の発音の系統を引いて、11~12世紀ころに成立した越南漢字音で発音されるが、そのほかにも、より古い中国語から借用された古漢越語や唐代以降の中国語から借用されて民族語化したとされる越化漢語などが、民族語の語彙を補う形で語彙の全体を形成している。
歴代封建王朝の社会では、漢字音で音読する漢文が書きことばで、漢字が唯一の公式の文字であったが、漢字を基に考案された民族文字チュノムによる話しことばの表記も13世紀ころから盛んになり19世紀まで行われた。しかし17世紀にキリスト教宣教師によって発明されたローマ字表記法がしだいに普及し、20世紀に入ると漢字とチュノムによる表記は廃止され、現在では独特の補助符号を用いたローマ字体系である国語(クオックグー)を正式の文字としている。
[川本邦衛]
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ベトナム社会主義共和国の最多数民族ベトナム人(キン族)が使用する言語。オーストロアジア語族に属し,最大6種類の声調を区別する単音節を基盤とする孤立語。一般に北・中・南部の3方言に分類される。かつて漢文が使用され,漢語からの借用語を多数有する。チュノムという民族文字が使用された時期があったが一般には普及せず,17世紀カトリック宣教師により考案され,フランス領時代に普及したローマ字正書法が現在一般に使用されている。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…G.Difflothによる分類によれば,そのおもなものは以下の通りである。(1)ムンダ諸語Munda(インド)(a)北ムンダ語派 サンターリー語Santali,ムンダーリー語Mundariなど(b)南ムンダ語派 カーリア語Kharia,ソーラ語Soraなど(c)西ムンダ語派 ナハーリー語Nahali(2)ニコバル諸島諸語Nicobarese(3)モン・クメール語族Mon‐Khmer(a)カーシー語派Khasi(アッサム地方) 標準カーシー語Standard Khasiなど(b)パラウン語派Palaungic(ビルマ) パラウン語Palaung,ワ語Wa,ダノ語Danaw,ラワ語Lawaなど(c)モン語派Monic(ビルマ,タイ) モン語Monなど(d)クム語派Khmuic(タイ,ラオス) クム語Khmu,ラメート語Lametなど(e)ベト・ムオン語派Viet‐Muong(ベトナム) ベトナム語Vietnamese(南・北等の方言がある),ムオン諸語Muong(正しくはMu’o’ng)など(f)カトゥ語派Katuic(ベトナム) カトゥ語Katu,ブル語Bru,クイ語Kuy,パコ語Pacohなど(g)バナル語派Bahnaric(ベトナム,カンボジア) スティエン語Stieng,チュラウ語Chrau,スレ語Sre,ムノン語Mnong,ロベン語Loven,ブラオ語Brao,バナル語Bahnar,セダン語Sedangなど(h)ペアル語派Pearic(カンボジア) ペアル語Pear,チョン語Chong,サムレ語Samreなど(i)クメール語Khmer(カンボジア,ベトナム,タイ。北・中・南等の諸方言がある)(j)ジャハイ語派Jahaic(マレーシア) ジャハイ語Jahaiなど(k)セノイ語派Senoic(マレーシア) テミアル語Temiar,セマイ語Semaiなど(1)セメライ語派Semelaic(マレーシア) セメライ語Semelaiなど この中で政治・文化的に重要なのは,モン・クメール語族に属するクメール語(カンボジア語),ベトナム語,モン語で,前2者はいずれも国語であり,モン語は古く栄えたモン族の言語として,ビルマ(現,ミャンマー)とタイとに文化的に大きな影響を与えた。…
…漢字では越南人と記され,周辺の少数民族からはキンKinh(京)族,キン人(〈主要民族〉の意)と呼ばれる。なおアンナン(安南)人Annamese,Annamitesは,フランス統治下での旧呼称。活力の旺盛な民族として知られ,人口は約5000万を数える。インドシナ半島の東端に位置し,S字形に南北に走る国土のうち,ソンコイ,メコンの二大デルタとその間を結ぶ狭小な沿岸平野に集住する。生業は水稲耕作を主とし,漁労にも従う。…
…G.Difflothによる分類によれば,そのおもなものは以下の通りである。(1)ムンダ諸語Munda(インド)(a)北ムンダ語派 サンターリー語Santali,ムンダーリー語Mundariなど(b)南ムンダ語派 カーリア語Kharia,ソーラ語Soraなど(c)西ムンダ語派 ナハーリー語Nahali(2)ニコバル諸島諸語Nicobarese(3)モン・クメール語族Mon‐Khmer(a)カーシー語派Khasi(アッサム地方) 標準カーシー語Standard Khasiなど(b)パラウン語派Palaungic(ビルマ) パラウン語Palaung,ワ語Wa,ダノ語Danaw,ラワ語Lawaなど(c)モン語派Monic(ビルマ,タイ) モン語Monなど(d)クム語派Khmuic(タイ,ラオス) クム語Khmu,ラメート語Lametなど(e)ベト・ムオン語派Viet‐Muong(ベトナム) ベトナム語Vietnamese(南・北等の方言がある),ムオン諸語Muong(正しくはMu’o’ng)など(f)カトゥ語派Katuic(ベトナム) カトゥ語Katu,ブル語Bru,クイ語Kuy,パコ語Pacohなど(g)バナル語派Bahnaric(ベトナム,カンボジア) スティエン語Stieng,チュラウ語Chrau,スレ語Sre,ムノン語Mnong,ロベン語Loven,ブラオ語Brao,バナル語Bahnar,セダン語Sedangなど(h)ペアル語派Pearic(カンボジア) ペアル語Pear,チョン語Chong,サムレ語Samreなど(i)クメール語Khmer(カンボジア,ベトナム,タイ。北・中・南等の諸方言がある)(j)ジャハイ語派Jahaic(マレーシア) ジャハイ語Jahaiなど(k)セノイ語派Senoic(マレーシア) テミアル語Temiar,セマイ語Semaiなど(1)セメライ語派Semelaic(マレーシア) セメライ語Semelaiなど この中で政治・文化的に重要なのは,モン・クメール語族に属するクメール語(カンボジア語),ベトナム語,モン語で,前2者はいずれも国語であり,モン語は古く栄えたモン族の言語として,ビルマ(現,ミャンマー)とタイとに文化的に大きな影響を与えた。…
…新羅は最もおそく6世紀に百済を介してはいった。 ベトナムも漢代から中国文化の影響下にあり,朝鮮と同様記録には漢字・漢文を用いていたが,ベトナム語を表すに至ったのは14世紀からである。漢字でベトナム語を表すには日本や朝鮮とちがい,その言語が中国語と同じ類型のものであったから,これを漢字で示すことは比較的容易であった。…
…日本語は有気・無気の区別をもたないので,呉・漢音とも全清・次清の別を反映しない。これに対しベトナム語は,高/kɑu/をcao,考/k‘ɑu/をkhao,波/pɑ/baに対し坡/p‘ɑ/pha(fa)のごとく,その漢字音に区別を反映させている。朝鮮語も有気・無気の弁別があるが,高・考を共にko,波・坡をp‘aと区別しない。…
※「ベトナム語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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