ドイツの思想家。ボヘミア地方ゲルリッツ近くの寒村に生まれ,靴屋をいとなむ。教育を受けず,ひたすら神の啓示にみちびかれた天来の神秘家。〈神は貧しき者,単純な者にみずからを現し給う〉。25歳のときの〈神秘体験の15分〉において扉は開かれ,〈何年も大学で学ぶ以上のことを見,かつ知った〉。カバラ,錬金術,神智学を独学,なによりも聖書に沈潜。37歳のとき《アウロラ》を書く。その後晩年の数年間に40に近い重要な著作を書き,その特異な内容と文体は,終末感に浸されていた当時の人々の心をとらえた。いつの時代にあっても働き続ける聖霊のみちびくままに,預言者ベーメは,来るべき神の国,〈百合と薔薇の時代〉の到来を説き,心の貧しい人々の支えとなり,逆にルター派正統教会からは迫害された。このためベーメの教えは,17~18世紀のドイツでは地下にもぐって敬虔主義の底流となり,またロシアでもおびただしいベーメの作品の翻訳がなされた。一方精神的に自由なオランダ,イギリスでは多くの有力な信奉者を見いだし,イギリスではJ.リードを指導者とするフィラデルフィア協会が設立され,ノンセクト,寛容を表明し,W.ロー,H.モア,W.ブレーク,コールリジ,そしてまたニュートンもベーメの影響を受けたといわれる。
ベーメの救済論は,神と魂との次元にとどまらず,神の誕生以前の〈混沌〉〈奈落の底〉へとさかのぼる壮大なビジョンに裏打ちされ,独特の官能的・絵画的・音楽的な文体によって,〈底なしの闇〉からの意志の誕生,しぶさ・にがさ・不安の輪などの欲の7段の梯子,ルキフェルの転落,宇宙の生成,アダムの栄光と悲惨,乙女ソフィアの逃亡,自然の汚染,第2のアダム・キリストの再臨,黄金時代への帰還という神の自己展開のマンダラが描かれている。聖書の言葉は,新たな聖霊の啓示によって深みとひろがりを加えていく。真の救いは,自然,宇宙をもとり込んだヘルメス的次元で,人間,キリスト,宇宙,聖書という4冊の本が一つとなるとき成就する。このため自然神秘思想に無縁な者からは,ベーメの世界は荒唐無稽な思弁であるとして否定された(ヘルダーなど)。一方その思弁的側面を評価したヘーゲルによれば〈ベーメこそドイツはじめての哲学者である〉。また統一的神話の世界を夢みたシェリングにとっては,ベーメは〈人類の歴史における奇跡の現象〉であり,サン・マルタンにとっては,ベーメはイエス・キリストにつづく〈第2の光〉であった。ノバーリスは,ベーメのポエジーを賛美し,ショーペンハウアーはその〈根源の意志〉に,マルクスは〈ものの世界の復権〉に,ベルジャーエフは〈非客体的世界の実現〉に共感するなど,ヨーロッパ思想史におけるベーメの影響は大きい。著書《アウロラ》(1612),《万物の名称について》(1622),《大いなる神秘》(1623)など。
→ドイツ神秘主義
執筆者:南原 実
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ドイツの神秘思想家、哲学者。ドイツ神秘主義の近世初頭の代表者。ドイツ東部のゲルリッツ近郊に生まれ、靴工となる。瞑想(めいそう)と独学によって非凡で独自な思想家となった。幻想的な体験ののち、新しい認識を処女作『黎明(あけぼの)』Aurora(1612)に著したが、教会との対立を招き筆を折らざるをえなかった。精神的葛藤(かっとう)ののち1618年以降ふたたび筆をとり、晩年には多くの著作をなした。前期の著作では形而上(けいじじょう)学的関心が強かったが、後期においては実践的、宗教的関心が前面に出ており、より理解しやすいといわれている。
彼の全思索は「神と自然」の問題に集中しており、汎神(はんしん)論にたつことなく自然を神に結び付けようとした。結局、「悪」の起源・存在理由の探求がその課題となったのである。悪は消極的な欠如ではなく積極的な力である。彼の神秘思想では、従来の調和的な新プラトン主義的形而上学は、自然哲学的に理解されているが、ルター的な主意主義的二元論によって大きな変化を被っている。その激しい動的な神概念も、ルターの神の独占的全能性思想の系譜をくんでいる。自然のうちには善と悪との二元の闘争が存在し、その起源は「神における自然」にある。悪の精神的条件は自由意志に存する。神においては善である自由意志は、天使、人間にあっては、神への方向とは反対のもの、すなわち孤立せる自我に向けられたとき悪となり、神に対抗して独立する。しかしより深く、神の自己誕生の根底としての「永遠の無底の意志」にその起源は存在するのである。闇(やみ)の存在が光の啓示に不可欠なように、悪の存在は神の啓示・自己顕現にとって必然的なのである。彼の著作はドイツのみならずオランダ、イギリスでも親しまれた。ロマン主義、ドイツ観念論の人々によって真価を認められたが、ヘーゲルは彼に自己の弁証法思想の先駆者をみいだし「最初のドイツの哲学者」と賞賛している。バーダーFranz Xavier von Baader(1765―1841)、後期シェリングも彼と深く結び付いている。
[常葉謙二 2015年4月17日]
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1575~1624
ドイツの神秘主義者。本業は靴職人。悪をも含む万物の根源を神に求める独特な自然哲学的神秘思想を展開。美しいドイツ語の著作を通じてロマン主義思潮に深い影響を与えた。
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…またジャンヌ・ダルクの得た幻視は有名である。この伝統はやがて,ある日突然神の啓示を受けて宗教的思索活動に身を投じたベーメや天使・精霊と対話できたと伝えられるスウェーデンボリらに受け継がれた。一方,芸術家たちも創作上の霊感を得るために幻視体験や瞑想修業を重視し,W.ブレークは〈幻視とは洗い清められた感覚で自然を見ることにほかならない〉として,詩作や絵画制作そのものを幻視体験と同一視した。…
…中世後期から近世にかけて,一連の系譜をなすドイツ人神秘家たちによって担われたキリスト教神秘主義の歴史的形態。狭義には,14世紀前半のエックハルト,ゾイゼ,タウラーを中心にした活動とその思想をさし,広義には,その3者以前のビンゲンのヒルデガルトやマクデブルクのメヒティルトMechthild von Magdeburg(1210ころ‐82か94)などの女性神秘家たち,および3者以後その精神をさまざまな変容において継承・展開したニコラウス・クサヌス,ベーメ,さらにはドイツ・ロマン主義のノバーリス,ドイツ観念論のフィヒテ,シェリングなどに及ぶ精神的系譜を総称する。ドイツ神秘主義は,キリスト教史の枠を越えてヨーロッパ精神史を貫流する一大潮流をなしている。…
…ともあれ,パラケルススの医化学思想は,鉱物薬品の製法に向かい,自然の諸物に内包されているあの第5のエッセンスである〈精〉をとり出す方法をさらに発展させ,金属に関する水銀‐硫黄のアラビア錬金術の理論を万物に適用して,キリスト教の三位一体的な水銀‐塩‐硫黄の3原理論を展開した。 ドイツ,さらにフランス,イギリス,オランダなどに浸透した錬金術思想は,宗教,哲学,文学,化学技術その他のさらに大きなるつぼとなり,M.マイヤー,J.ベーメ,N.フラメル,ノートンThomas Norton,リプリーGeorge Ripley,E.アシュモール,J.B.vanヘルモントなど多くの逸材が輩出した。そればかりか,その後に近代化学や近代力学を確立したイギリスのR.ボイルやニュートンらの精神も,錬金術思想が内蔵する深い知恵で養い育てられた。…
※「ベーメ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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