ベーメ(読み)べーめ(英語表記)Jakob Böhme

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ベーメ」の意味・わかりやすい解説

ベーメ
べーめ
Jakob Böhme
(1575―1624)

ドイツの神秘思想家、哲学者。ドイツ神秘主義の近世初頭の代表者。ドイツ東部のゲルリッツ近郊に生まれ、靴工となる。瞑想(めいそう)と独学によって非凡で独自な思想家となった。幻想的な体験ののち、新しい認識を処女作『黎明(あけぼの)』Aurora(1612)に著したが、教会との対立を招き筆を折らざるをえなかった。精神的葛藤(かっとう)ののち1618年以降ふたたび筆をとり、晩年には多くの著作をなした。前期の著作では形而上(けいじじょう)学的関心が強かったが、後期においては実践的、宗教的関心が前面に出ており、より理解しやすいといわれている。

 彼の全思索は「神と自然」の問題に集中しており、汎神(はんしん)論にたつことなく自然を神に結び付けようとした。結局、「悪」の起源・存在理由の探求がその課題となったのである。悪は消極的な欠如ではなく積極的な力である。彼の神秘思想では、従来の調和的な新プラトン主義的形而上学は、自然哲学的に理解されているが、ルター的な主意主義的二元論によって大きな変化を被っている。その激しい動的な神概念も、ルターの神の独占的全能性思想の系譜をくんでいる。自然のうちには善と悪との二元の闘争が存在し、その起源は「神における自然」にある。悪の精神的条件は自由意志に存する。神においては善である自由意志は、天使、人間にあっては、神への方向とは反対のもの、すなわち孤立せる自我に向けられたとき悪となり、神に対抗して独立する。しかしより深く、神の自己誕生の根底としての「永遠の無底の意志」にその起源は存在するのである。闇(やみ)の存在が光の啓示に不可欠なように、悪の存在は神の啓示・自己顕現にとって必然的なのである。彼の著作はドイツのみならずオランダイギリスでも親しまれた。ロマン主義ドイツ観念論の人々によって真価を認められたが、ヘーゲルは彼に自己の弁証法思想の先駆者をみいだし「最初のドイツの哲学者」と賞賛している。バーダーFranz Xavier von Baader(1765―1841)、後期シェリングも彼と深く結び付いている。

[常葉謙二 2015年4月17日]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ベーメ」の意味・わかりやすい解説

ベーメ
Böhme(Böhm; Behmen), Jakob

[生]1575.4.24? アルトザイデンベルク
[没]1624.11.21. ゲルリッツ
ドイツの神秘主義的哲学者。短期間の学校教育を受けただけで,一生を靴工として過した。ルター派の牧師 M.メラーに導かれて「肯定と否定のなかに万象はある」という宗教体験を得,この弁証法的原理を核として独自の思想を展開。無差別の絶対者から三位格の神,精神界,物質界にわたる三元的世界が生じるとし,F.シェリング,G.ヘーゲル,A.ショーペンハウアー,F.ニーチェ,H.ベルグソン,M.ハイデガーなどに大きな影響を残し,宗教面でも G.フォックス,初期クェーカー,ドイツ敬虔主義,N.ベルジャーエフ,P.ティリヒらに影響を与えた。主著『曙光』 Aurora,oder Morgenröthe im Aufgang (1612) ,『恩恵の選びについて』 Von der Gnadenwahl (23) ,『モーセ第1書注解』 Erklärung über das Erste Buch Mosis (23) ,『キリストへの道』 Der Weg zu Christo (23) 。

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