ボルタンメトリー(英語表記)voltammetry

改訂新版 世界大百科事典 「ボルタンメトリー」の意味・わかりやすい解説

ボルタンメトリー
voltammetry

化学の一分野である電気化学では電位Eと電流iの関係を定量的に調べることが基本になるため,通常,両者のうちのどちらかをある一定値に規制して他方の変化を追跡する。ボルタンメトリーは電極に一定の電位を印加したとき回路を流れる電流を観測する。またこれと対照的にポテンシオメトリーはi≒0でEの変化を観測する。ボルタンメトリーは白金,水銀,カーボンなどの指示電極(作動電極)を用いて電気分解を行い,そのときの電流-電位曲線(ボルタモグラム)から電極-溶液界面で起こる種々の化学現象,とくに酸化還元反応に関する情報を得る。

 ボルタンメトリーという呼称は,ポーラログラフィーpolarographyを含む主として電位規制の電気化学的手法に関して,オランダのコルトホフIzaak Mauritis Kolthoff(1894- )が与えた総称である。電位の基準は,微小の電流が流れても安定な値を示す,飽和甘汞(かんこう)電極saturated calomel electrode(SCEと略称),銀-塩化銀電極(Ag/AgCl)などが用いられる。これらは後述の3極式の場合には参照電極としてふつう用いられ,簡単な2極式測定の場合にも対極として用いねばならない。用いる溶媒の種類,電極の種類に依存して観測可能な電位範囲potential windowは変わるが,+2.0~-2.5V(SCE)ぐらいがだいたいの限界で,この範囲内(ほぼ4.5eVの範囲)に分子の最低空準位あるいは最高被占準位がおさまっていれば,電気化学的還元および酸化が原理的には可能である。電気化学的測定法は,測定の際に規制する電圧および電流の特性,測定する電気特性および電極の形状に基づいて分類され,表に示すような呼称がある。

 ボルタンメトリーは通常,前述のように指示電極の電位を規制し,その際に流れる電流を測定する方法をさすが,電流規制の測定法を含める場合もある。指示電極に滴下水銀電極を用いる場合をとくにポーラログラフィーと呼ぶ。ポーラログラフィーは,水銀だめからガラス毛細管を通して3~6秒に1滴の速度で落ちる水銀滴を電極とする。電極表面が周期的に更新されるので当時としては画期的に再現性のある電位-電流曲線(ポーラログラム)が得られ,定量的電気分析法としての評価を得た。この方法は,チェコスロバキアヘイロフスキーJaroslav Heyrovský(1890-1967)により創始され,ポーラログラムを自動的に記録する装置(ポーラログラフ)は,1924年に日本の志方益三と協力して完成した。当時のポーラログラフは,回路中に高感度なミラーガルバノメーターが置かれていて,電流の変化に対応して動くミラーにランプからの光を当て,その反射光を暗箱中の写真の印画紙上に焼きつける方法がとられた。写真式ポーラログラフはその後ペン記録式のものに改良され,近年はエレクトロニクスの進歩により装置をコンピューターを用いて制御することも行われる。図1は最近のボルタンメトリーの実験法の原理を示したものである。電極挿入口のついたテフロンまたは他のプラスチック製のふたをとりつけた電解瓶Bに電解液が入れてあり,指示電極Iおよび基準電極Rはリード線Lを用いてポテンシオスタットと呼ばれている,電位を一定の値に規制できる装置Pにつないである。一般には,図に示されているように,対極と呼ばれる第3の電極Aもセットされる。このような方式は3電極回路(3極式)と呼ばれ,参照電極に流れる電流を小さくして,無視できるようにすることができるために指示電極の電位を正確に規制できる。この3極式がポピュラーになったのは,演算増幅器の発達をみた1960年代に入ってからのことである。

 ボルタンメトリーで扱う被電解物質の測定対象は通常溶液状態である。ほとんどの分子,イオンが含まれるアニオンでもカチオンでも,あるいは中性分子でも,その電荷に関係なく一般に酸化も還元もできる。試料の濃度は10⁻4~10⁻9mol/lの範囲に及ぶ。必要な試料溶液の容積はふつう5~10mlである。特殊な設計のセルを用いれば30~10μlくらいの試料溶液について測定が可能である。溶媒は水,非水(有機)溶媒いずれも使用できる。ときには溶融塩なども溶媒として用いられる。有機溶媒の場合,誘電率が高いほどよい。電解液の電気伝導率を高くするために,被電解物質の電解に妨げとならない電解質を高濃度(通常は0.01~0.5mol/l)に加える。この種の電解質は支持電解質と呼ばれる。有機化合物の電解は一般に水素イオンが関与するので,水素イオン緩衝溶液を加えて,電解液のpHを一定に保つことが多く行われる。溶存酸素,湿気などは非水系電気化学,なかでもとくに不安定化学種の生成が期待されるときは,常法に従って除去しなくてはならない。このため電解セルを真空系とオンラインにしたり,ドライボックスの中で電解したりすることもある。酸素は,またそれ自身電極上で還元されるので,測定の妨げにもなる。電圧発生装置から時間の経過とともに一定の速度で増加あるいは減少する電圧が指示電極に加えられ,その電位は参照電極により制御される。電極に電圧がかかると,被電解物質が析出しない電位においても,微小の電流が回路を流れる。この電流は残余電流といわれる。残余電流は主として,電解液に浸っている指示電極の表面の電荷に対応して電解液中の反対の電荷をもつイオンが電極に引きつけられる結果,イオンが液中を移動し,それに対応して回路を流れる充電電流(容量電流あるいは非ファラデー電流)による。電位が被電解物質に特定のある大きさを超えると電解が起こる。この電位は決められた作図法で精確に求められ,ポーラログラフィーでは半波電位サイクリックボルタンメトリーではピーク電位として,その物質の同定に使えることが多い。被電解物質は電極上で電子を放出して酸化されるか,あるいは電子を受けとって還元される結果,それに見合う量の電荷が回路を移動して電流が流れる。この電流を電解電流(ファラデー電流)という。電流は,電流-電圧変換器によって対応する大きさの電圧に変換され,X-Y記録計上に自動記録される。

 ボルタンメトリーでは,電極にかける電圧の性質,指示電極の種類および実験の条件の違いなどによって異なる形のボルタモグラムが得られる。図2には代表的なボルタモグラムの形と電圧の関係を示す。直流および交流ポーラログラムの場合に曲線が振動するのは滴下極のためである。電解が起こると急激に電流が上昇し,ついで定常状態に達する。この部分を通常,ポーラログラフ波という。定常状態の電流を限界電流といい,電流の大きさを波高と呼ぶ。ポーラログラフ波が酸化を示す場合には酸化波,還元を示す場合には還元波という。被電解物質が拡散して電極上で放電するときに得られる限界電流を拡散電流という。直流ポーラログラフィーにおける拡散電流idはイルコビッチIlkovičの式により示される。

ここでKは定数,nは電解に関与する電子の数,Fはファラデー定数,Cは被電解物質の濃度,D拡散係数mは水銀の毎秒の流出量,tは滴下時間である。イルコビッチの式から,一定の条件のもとでは拡散電流は被電解物質の濃度に比例することがわかる。このことは被電解物質の定量に利用される。直流に交流電圧(十数mVないし数十mV)を重畳する交流ポーラログラフィーでは,ピーク状の交流波が得られ,ピークの波高は濃度に比例する(図2-b)。交流ポーラログラフィーの一種にテンサムメトリー,第2高調波ポーラログラフィーなどがある。水銀電極の落下する直前にパルス状の電圧を加えるパルスポーラログラフィーあるいは直流にパルス電圧(10~100mV)を重畳する示差(微分)パルスポーラログラフィーを用いると,きわめて低い濃度(たとえば10⁻7mol/l)の被電解物質を定量することができ,微量機器分析法として応用されている(図2-c)。このほかに矩形(くけい)波状や高周波の電圧を用いる矩形波および高周波ポーラログラフィーなどがある。滴下極の代りに静止している電極を用いて,電極に加える直流電圧をかなりの速度で変化させると,ピーク状のボルタモグラムが得られる。この方法を線形走査ボルタンメトリーという(図2-d)。この電位掃引を三角波状に多数回往復させるサイクリックボルタンメトリーcyclic voltammetry(CVと略称)がある(図2-e)。CVは比較的短時間(数秒)に加電圧を掃引してその応答電流をみるもので,理想的な場合(反応が可逆のとき)には反応の熱力学定数が決定でき,分子,イオンの電子親和力やイオン化ポテンシャルが求まる。理想的にいかない場合(非可逆のとき)には反応の速度論が論じられる(中間体や反応機構など)。CVのボルタモグラムは反応の形式によりそのパターンが著しく異なり,その線形を常法に従って解析することにより反応速度,活性化エネルギー,分子軌道パラメーターなども求めることができる。電解液をかきまぜたり,電極を一定の速度で回転させたり,あるいはポンプで電解液を動かすことによって対流を起こすと,電極に拡散する被電解物質の量が多くなり,分析の感度を高めたり,電解による合成の収率を上げることができ,対流ボルタンメトリーconvection voltammetryと呼ばれることがある。被電解物質を電極に電解析出させて濃縮し,ひきつづき逆電位をかけてボルタモグラムを記録する方法はストリッピングボルタンメトリーstripping voltammetryといわれる(図2-f)。白金やガラス毛細管の先に水銀滴を懸垂させて用いる電極をつり下げ水銀滴電極といい,この電極に金属を電解により析出させてアマルガムとし,ストリッピングボルタモグラムを記録する方法は,痕跡量(たとえば10⁻9~10⁻10mol/l)のPb2⁺,Cd2⁺などの金属イオンを定量できるので超微量分析法として利用されている。円板状とリング状の電極とを同一平面になるように組み合わせて回転させると,内側の電極での生成物は外側に向かって運ばれるので,適当なくふうをすることによって中間体の寿命を調べることができる。この種の電極はリングディスク電極と呼ばれる。

 ボルタンメトリーの指示電極には通常,液体の水銀,白金や金などの貴金属あるいはカーボンのように化学的に安定な固体が使用される。近年は,金属酸化物や有機金属化合物などの導電性化合物,半導体あるいは金属やカーボンの表面を特定の機能をもつ化合物,たとえばポルフィリン,クロロフィルなどで修飾したものが使用され,化学修飾電極などと呼ばれ,電子授受を行う役割のほかに触媒作用や光エネルギー変換などの役割をもたすことが行われている。いろいろな電極表面に可視光などを照射し,その応答を観測することは,光化学と電気化学との境界に生まれた新領域で光電気化学といわれる。またボルタンメトリー電極を下地電極に用いる新しいセンサー,たとえばイムノ電極,酵素電極,ガスセンサーなども開発されている。紫外・可視・赤外分光光度法を用いて電極-溶液界面での電解反応過程を直接観測するために,酸化スズ皮膜ガラスや金ミニグリッドを用いて光透過性電極が考案されており,分光電気化学spectroelectro chemistryといわれている。

 ボルタンメトリーは最近,エレクトロニクスの進歩により他の分析機器と同様に装置類が面目を一新し,その結果,方法論が広範になり,解析的実験的基礎が進歩し,熱力学,分子論,反応論などに関し,多くの役立つ情報を提供できるようになっている。金属,無機化合物,有機化合物,有機金属化合物,環境汚染物質などの微量機器分析法として用いられているほか,無機化学,有機化学,生化学,医学,薬学,環境科学などの学術分野において広く応用されている。たとえば大脳中カテコールアミン類などの直接定量,酸化還元酵素の酸化還元電位の決定,電気化学的方法によるCO2,N2固定,不安定ないし新化合物の合成,化学反応性の研究,不均一系の電荷移動の速度論などである。
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化学辞典 第2版 「ボルタンメトリー」の解説

ボルタンメトリー
ボルタンメトリー
voltammetry

微小電極を指示電極とし,非分極性電極を対極として,多量の支持電解質の存在下で,微小濃度の被電解物質の電解を行うと得られる電流-電位曲線を解析することにより電解現象を研究する学問の総称.J. Heyrovský(ヘイロフスキー)は指示電極として滴下水銀電極を用いて行う電解法に対しポーラログラフィーとよんだが,ボルタンメトリーはI.M.Kolthoffが白金回転電極を指示電極として用いる際に導入した用語である.現在では,指示電極として,滴下水銀電極以外の微小電極を用いた場合に対し広く用いられる.

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

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