広い意味では,1945年の敗戦以降20世紀後半の日本社会を国民的規模で席巻した,私生活を優先させる生活意識と生活様式の総体を指す。それは大正期の都市社会に萌芽的に現れた私的所有制に基づく小市民意識の単なる量的拡大現象ではない。戦後の社会過程に一貫して顕著な,〈滅私奉公〉に替わる〈滅公奉私〉つまり私生活優先と,〈封建的なもの〉の否定に伴う〈近代的なもの〉への志向性と,貧困を脱出する生産性増大への性向との三位一体が,広義のマイホーム主義の心性を養ってきた。マイホーム主義は二義的であって,一方では家庭創造と生活防衛の側面をもつと同時に,他方では家庭の消費単位化と生活からの疎外の表象でもある。その二義性のゆえに,マイホーム主義は,一方では生活防衛に発する抵抗運動と異議申立てあるいは反公害闘争を導き,他方では疎外と不安のゆえに組織や権力機構の大衆操作にのみこまれることもある。
マイホーム主義のより限定された用法としては,1960年代初めの高度経済成長に伴って出現した大衆消費型の私生活主義を指す。1955年ごろに始まる技術革新と設備投資の増大に伴って,第2次・第3次産業部門が拡大し,大都市圏への大規模な人口移動,所得の相対的上昇,都市化とフロー化の高進を背景に,60年代に化石資源を中心とする大量生産・大量消費の大衆社会が形成された。この変動期に,小家族構成の新しい家郷を創出しあるいは再編成を進め,同時に新たに形成された私生活の様式を維持しようとする心性がマイホーム主義に結晶した。すなわち,マイホーム主義は,電気洗濯機に始まり,マイカー,カラーテレビと続く耐久消費財を備えた,レジャー中心の快適なマイホームを求める表層の心性と,共同体を解体し疎外を進める巨大な組織にあらがって新しい家郷の共同性の内実を築き保とうとする深層の心性との,ほとんど両義的ともいえる複合的な意識である。
確かにマイホーム主義は〈中流意識〉の核心となって,生活の仕方を一面では画一化する。しかしそれは必ずしも価値意識や生活様式まで等質化するとは限らない。逆にそれは,経営者層と勤労者層,官と民,大企業と零細企業,事務職とブルーカラーとの間の,新しい社会的格差と生活様式の分極への胚珠をつねに含んでいる。管理職や官僚テクノクラートの社会層においては,仕事の生きがいとマイホームの達成とは両立するから,そのマイホーム主義はむしろ組織のエゴイズムを支えるが,管理職や高い社会的地位への望みを絶たれた平の勤労者層や主婦たち,さらには地域の住民たちは,マイホーム主義をわが家から地域生活の充実へと転生させ,組織の介入に対しては生活の共同防衛に立ち上がる場合がある。市民運動,住民運動,エコロジー運動,生協運動などはその意味でマイホーム主義に根ざしながらそれを超え出た運動といえる。
執筆者:栗原 彬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
マイホーム(住宅)、マイカー(自動車)、マイレジャー(余暇)など、資本主義社会における私的小所有によって基礎づけられた生活意識をいう。とくにわが国にあっては、「公」の領域の大きさとその支配力の強さという社会意識の伝統的な特徴のもとで、そのような「公」に対立し、そこからの相対的な意味での解放と距離化というベクトルをもって成立してきた点が重要である。マイホーム主義は、いわば私生活主義という社会意識の通俗形態であり、同時に、アメリカなどの先進資本主義国にみいだされるミーイズムme-ismという個人主義の意識とは異なって、「私」の生活世界のなかでの私的小所有にその根拠をもつところに特色がある。したがって、マイホーム主義とは、「私」と「公」の対立を背景として、前者の基軸に収斂(しゅうれん)しつつ、直接的には、私的小所有によって支えられた「家庭」や「家族」の価値に重心を置いた社会意識の一つの現象形態にほかならない。
わが国では、大正期の都市文化のうちにその萌芽(ほうが)をみせ始め、とくに1960年代の「高度成長」期に対応する社会意識の一側面として定着してきた。一方では、生活防衛の契機を中心として住民運動や労働運動へと連帯していく可能性を有するが、他方、「中流意識」の価値的不安定を通じてファシズムへと吸収されていく危険もはらんでおり、この両義性は、その基礎としての私的小所有の不安定性と鋭く対応しあっている。
[田中義久]
『H・ルフェーブル著、田中仁彦他訳『日常生活批判』(1970・現代思潮社)』▽『田中義久著『私生活主義批判』(1974・筑摩書房)』▽『石川晃弘他著『みせかけの中流階級』(1982・有斐閣)』
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