さまざまな階級、階層、民族、世代その他の社会集団が、それぞれの存在諸条件に規定されつつ形成し、それぞれの存在諸条件を維持し、あるいは変革するための力として作用するものとしての、精神的な諸過程と諸形象(共有された思考、感情、意志の諸様式の総体)を意味する。広義の社会意識は、(1)個人意識(自我意識もしくは実存意識としてとらえられる場合もある)、(2)生活意識(人々の生活過程から生成する日常性の意識)、(3)狭義の社会意識(社会心理とイデオロギー諸形態)、という三つの構成要素からなる。
[田中義久]
個人意識は、人々の意識にとっての即自的な空間と時間のなかで展開される現実的もしくは非現実的な態度の複合体complexである。プルーストやジョイスの文学、あるいはフロイトやラカンの精神分析が明らかにしているように、個人意識は、第一に、人々の自我や実存に対する「過去」「現在」「未来」という時間の座標軸の規定性のもとに成立する意識であり、第二に、人々の個体としての身体性に対するさまざまな人間関係、社会関係の網の目の投影によって生み出される意識である。それは、分析的には、心理学や精神医学による態度の解明によってとらえられるが、意味理解の文脈からすれば、その個人の生活世界の広がりや方向づけ、価値や信念、生と死に対する構えなどを加味して、総合的に解明されることを必要とする。
[田中義久]
生活意識は、人々の生活空間と生活時間のなかでの、それぞれに具体的な生活過程に根ざし、そこから生成してくる意識である。生活過程とは、(1)食事・睡眠などの自然的再生産、(2)労働・家事などの社会的再生産、(3)コミュニケーションなどの精神的生産・消費、(4)レジャーなどの自己回復、という四つの領域における人々のさまざまな社会的行為を内容とし、そこから形成されてくる社会諸関係を含むものである。したがって、生活意識は、男性と女性という性別、少年・青年・中年・老年などの年齢層の影響をきわめて強く受けている意識であり、人々のライフ・ステージに対応して変化するものである。とくに、その社会の制度的規範との関係において、制度化された意識と非制度化された意識の分布が、この生活意識を分析する場合のポイントとなるであろう。
[田中義久]
狭義の社会意識は、社会心理とイデオロギー諸形態とからなり、いずれも諸個人に対して外在的であり、また、拘束性を有するという特色をもつ。ここで、社会心理とは、ある社会や集団に共有された思考、感情、意志の総体化された表現であり、イデオロギー諸形態とは、法律、宗教、芸術などの多少とも体系化された観念である。したがって、これらの社会心理やイデオロギー諸形態からなる狭義の社会意識は、デュルケームの集合表象にみられるように、個人意識や生活意識に対して、確かに外在的であり、それらに対する拘束性をもつものである。ただし、同時に、これら個人意識、生活意識および狭義の社会意識という三つのレベルの間には緊密な内面的連関があり、一つの「意味の循環」の回路が存在することを看過してはならない。
そして、これら三つのレベルのすべてにおいて、「意識das Bewußtsein(ドイツ語)とは、意識された存在das bewußte Sein(ドイツ語)のことである」というマルクスとエンゲルスの指摘(『ドイツ・イデオロギー』1845~46)は、きわめて重要である。存在とは、人々の生活世界のなかでの社会的行為であり、そこから生成される社会諸関係の束にほかならない。
[田中義久]
『日高六郎著『現代イデオロギー』(1960・勁草書房)』▽『田中義久著『社会意識の理論』(1978・勁草書房)』▽『城戸浩太郎著『社会意識の構造』(1970・新曜社)』▽『K・マルクス、F・エンゲルス著、古在由重訳『ドイツ・イデオロギー』(岩波文庫)』
ある社会集団の成員に共有されている意識として定義される。すなわち,さまざまな階級,階層,職業,民族,世代,その他の社会集団の成員が,特徴的にもっている意識である。たとえば〈日本人の国民性〉〈ユダヤ人の民族性〉〈プロレタリアートの階級意識〉〈農民意識〉〈職人気質〉〈官僚性〉〈江戸っ子気質〉〈戦後世代の意識〉等々とよばれるものが社会意識の例である(ここでいう社会集団とは社会学的に厳密な意味での集団のみでなく,社会層,社会的カテゴリー,全体社会をも含む広義の〈社会集団〉である)。なお社会意識という言葉の用法には,もう一つ,まったく別の用法もある。すなわち,〈生活意識〉〈政治意識〉などとの対比において,社会(社会問題)についての意識を社会意識とよぶこともある。たとえば,食物の好みのような〈生活意識〉と,政党支持等の政治意識との中間に,公営ギャンブルの可否のような,直接に政治問題ではない社会事象についての意識を,社会意識とする用法である。この用法は,はじめに定義した社会意識の意味とはまったく別である。たとえば〈現代日本人の色彩感覚〉は,前の意味での社会意識であり,後の意味では社会意識ではない。反対に,〈公害問題についてのA君の意見〉は,後の用法での社会意識であるが,前の意味では社会意識ではない。後の用法はやや特殊なので,以下に述べるのは,はじめに定義した意味での社会意識についてである。
社会意識というものが存立するのはなぜであろうか,つまり,社会集団の成員が共通の意識を共有する傾向をもつのはなぜであろうか。それは,同じ社会集団に属する人間は,そのことによって,類似した生活経験を共有する確率が高いからである。まず第1に,その社会集団の客観的な構造(階級構造,階層構造,組織構造など)によって,その成員の生活史は共通の刻印をうける。たとえば,原始共同体に生きるか,封建社会に生きるか,資本制社会に生きるか,によって,あるいは,巨大な官僚制の一つの歯車として生きるか否か,等々によって,生活経験は当然異なる。第2には,その社会集団の,より大きな社会集団の中に占める客観的な位置によって,その成員の生活史は特有の刻印をうける。たとえば,〈ホワイトカラー〉という社会層の現代産業社会の中での位置,〈中間管理職〉という社会層の官僚制組織の中での位置などによって,それぞれの成員の生活史は特有の刻印をうける。このように,社会意識を存立させる基盤としての,その社会集団の客観的な構造や位置を〈社会的存在〉とよぶ。社会意識が存立するのは,すなわち社会集団の成員が共通の意識をもつ傾向があるのは,彼らがこの社会的存在を共有しているからである。
ある社会集団の社会意識は,具体的にはどのような要因によって規定されるのだろうか。基本的には,すでにみたように,その〈社会的存在〉によって規定されるが,副次的には,前の時代や他の社会集団の社会意識の伝達によっても影響されている。まず社会的存在による規定についてみると,社会意識はその社会集団の,(1)〈現在〉の状態の規定をうけるのみでなく,(2)〈過去〉からの歴史(上昇や没落,苦難の体験など)によって,また(3)〈未来〉への展望(保証や不安や閉塞や可能性など)によって複雑な規定をうける。またコミュニケーションによる他の社会意識の影響としては,(4)前代の社会意識の影響(伝統,文化遺産など)および,(5)他の社会集団の意識の影響(文化触変など)がある。現実の社会意識は,これらさまざまな方向からの規定性,影響力を,選択的に受容し,変形し,対応しつつ,みずからを刻々に形成し,展開していく。
執筆者:見田 宗介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…大別すると,社会的因子を重視しつつ個人の心理や行動の理解をめざす心理学的な社会心理学の立場,および社会構造やその変動の心理的諸帰結,もしくは集合行動や集合的心理現象それ自体に関心を示す社会学的な社会心理学の立場が区別されよう。社会的知覚,態度,パーソナリティ(性格)などが前者の代表的な研究対象であるとすれば後者のそれは社会意識,集合行動,社会運動などであろう。なお両者の接点に位置する対象として相互作用やリーダーシップの現象があり,双方からのアプローチがなされている。…
※「社会意識」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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