1940、1950年代のアメリカ放送界を代表するジャーナリスト。通称エド・マロー。ノース・カロライナ州生まれ。ワシントン州立大学卒業。1935年にCBS放送入りし、1961年ケネディ大統領の要請により合衆国情報局(USIA)長官に就任するまで、ニュース・レポーター、キャスターとしてつねに報道の第一線で活躍、「報道のCBS」の評価を確立する立役者の一人となった。第二次世界大戦時、ドイツ空軍爆撃下のロンドンからの決死的な戦況報道で一躍有名になり、大戦後は、テレビ番組「シー・イット・ナウ」で、赤狩り旋風の中心となったマッカーシー上院議員をまっこうから批判し続け、同議員を失脚に導くなど、アメリカ報道史に大きな足跡を残した。エミー賞受賞(1952)。著書に『This Is London』(1941)などがある。
[伊豫田康弘]
『A・ケンドリック著、岡本幸雄訳『ヒトラーはここにいる――エド・マローの生涯』(1973・サイマル出版会)』▽『田草川弘著『ニュースキャスター――エド・マローが報道した現代史』(中公新書)』
敵を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行うはかりごと。また、苦しまぎれに考え出した手立て。苦肉の謀はかりごと。「苦肉の策を講じる」...