日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヤマアラシ」の意味・わかりやすい解説
ヤマアラシ
やまあらし / 豪猪
porcupine
哺乳(ほにゅう)綱齧歯(げっし)目ヤマアラシ科およびキノボリヤマアラシ科に属する動物の総称。体や尾の上面は針状の刺毛で覆われ、おもに夜行性である。
ヤマアラシ科Hystricidaeは旧世界ヤマアラシともよばれ地上生で足の裏に毛がない。雌は体側に2~3対の乳頭をもつ。ヨーロッパ、アジア、アフリカにオナガヤマアラシ属Trichys、フサオヤマアラシ属Atherurus、およびヤマアラシ属Hystrixの3属11種が分布する。もっとも原始的なオナガヤマアラシT. fasciculataは1属1種で、外形はドブネズミに似る。頭胴長35~48センチメートル、尾長17.5~23センチメートル、体重1.75~2.25キログラム。体の刺毛は貧弱で、尾先に刺毛の房がある。森林にすんで植物を食べ、寿命は10年ほど。フサオヤマアラシ属はアジアとアフリカにそれぞれ1種が分布し、尾が長く木登りが巧みである。ヤマアラシ属には8種が知られ、最大のインドタテガミヤマアラシH. indicaでは頭胴長90センチメートル、尾長17センチメートル、体重30キログラムもある。背面に生える太い刺毛は長さが35センチメートルもあり、威嚇するときなど体を震わせて刺毛をがたがたさせる。妊娠期間は112日で、1年に2回出産し、1産1~4子。
キノボリヤマアラシ科Erethizontidaeは新世界ヤマアラシともよばれ、鉤(かぎ)づめのある足の裏には毛が生え、尾が長く物に巻き付けることができ、木登りが巧みである。南北アメリカにカナダヤマアラシ属Erethizon、メキシコヤマアラシ属Coendou、アンデスヤマアラシ属Echinoprocta、ネズミヤマアラシ属Chaetomysの4属10種が知られる。体の大きさは種によって異なり、頭胴長30~86センチメートル、尾長7.5~45センチメートル。メキシコヤマアラシ属は7種が知られ、尾が長く木登りが巧みである。頭胴長30~60センチメートル、尾長33~48センチメートル、体重0.9~5キログラム。ネズミヤマアラシC. subspinosusは1属1種で、ブラジル南東部の狭い地域に生息している。頭胴長43~45センチメートル、尾長25~28センチメートル。尾は裸出し、指は前後肢とも4本である。動作は遅いが、すばやくジャンプし木によじ登る。
[土屋公幸]
民俗
シベリアに住むアルタイ系諸民族の神話では、ヤマアラシは文化英雄の地位を占めている。また、モンゴル系のブリヤート人の伝えでは、隠された日と月を解放する役を演じる。火の起源神話も、主役は人格化したヤマアラシである。トルコ系のタタール人では、ヤマアラシはずる賢い動物として物語で活躍するほか、火を発明し、農業を始めた文化英雄である。これは古代イラン人の信仰の影響ともいわれるが、ヤマアラシが創世神話の主人公になるのは、北東シベリアの旧アジア諸民族から、北アメリカ北西岸の先住民に分布する。アフリカでも、ケニアのキクユ人の火の起源神話にヤマアラシが登場する。男が畑を荒らすヤマアラシに槍(やり)を投げ付け、ヤマアラシは槍を刺したまま逃げ去る。男が穴の中まで追うと、そこでは火を用いて食物を調理している。男は火を土産(みやげ)に村に戻り、首長になる。日本の海幸・山幸の「なくした釣り針」の類話である。
[小島瓔]