ユンガー(その他表記)Ernst Jünger

改訂新版 世界大百科事典 「ユンガー」の意味・わかりやすい解説

ユンガー
Ernst Jünger
生没年:1895-1998

現代ドイツの小説家,論説家。本質的に美的観照を夢想する唯美主義者であるにもかかわらず,俗物的市民社会への自己破壊的ラディカリズムから,現代ドイツ独特の保守革命イデオロギーを小説や論説に具現した代表的作家といえる。心情の英雄主義を唱えるその革命的ナショナリズムは,ファシズムと同じ基盤を持つが,《西洋の没落》のシュペングラー等と並んで,現代市民社会の両義的な状況を特徴づけるメルクマールとしての意味を持つ。彼がそのようになったのは,第1次大戦の戦場体験を原体験とし,違和感のために日常的な市民生活に同調できない前線世代の心情を,典型的に代表したからである。《鋼鉄の嵐の中で》(1920),《内的経験としての戦闘》(1922)は,物量戦という非情な世界の中で変容した耽美的ナルシシズムの現代的相貌を示している。《炎と血》(1926),《総動員》(1931)は,それが大衆社会を基盤とする全体主義の美的理想化としての意味を持つ点で,時代の刻印を示している。その極点は,全体のために無名戦士として働く存在に市民とは異なる人間像を求めた《労働人》(1932)である。反ナチ文学とみなされた《大理石断崖の上で》(1939)や《平和》(1944),《ヘリオポリス》(1949)と続く戦中・戦後の著作は,市民社会のアウトサイダーが時代の大波に翻弄されながらたどった心情の軌跡として見直す必要がある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ユンガー」の意味・わかりやすい解説

ユンガー(Ernst Jünger)
ゆんがー
Ernst Jünger
(1895―1998)

ドイツの小説家、評論家、思想家。ハイデルベルクの生まれ。徹底したドイツ的気質と作風のせいか、わが国ではあまり知られていないが、ドイツでは詩人のベン、哲学者のハイデッガーと並ぶほど高名な文壇の長老。晩年は南ドイツ、ビルフリンゲンに隠棲(いんせい)し著作に従事した。クレット・コッタ社から刊行中の全集は18巻。「魔術的リアリズム」とよばれる雄渾(ゆうこん)簡潔な文体が際だつ。ニーチェの思想的影響から「英雄的ニヒリズム」とも称される行動と瞑想(めいそう)の思索家。17歳でフランス外人部隊入隊を志した体験に基づく小説『アフリカ遊戯』(1936)が知られる。第一次世界大戦中の武勲(プール・ル・メリット勲章受章)や、エッセイ『総動員』(1930)、『労働者―支配と形態』(1932)などから、しばしばナチスへの思想的親近を批判されるが、むしろ「第三帝国の明白な案内人でありながら、ナチズムの明白な敵対者」(P・リラ)とみるのが妥当であろう。晩年は、得意の博物学、心理学、神秘思想など広大な領域を基盤に、多くの日記、文明批評、旅行記を通して現代精神の超克を目ざしていた。未来小説『ヘリオポリス』(1949)は哲学的SF小説として知られる。

[三木正之]

『相良守峯訳『大理石の断崖の上で』(1955・岩波書店)』


ユンガー(Friedrich Georg Jünger)
ゆんがー
Friedrich Georg Jünger
(1898―1977)

ドイツの詩人、小説家。E・ユンガーの弟。ハノーバー生まれ。兄エルンスト同様、軍務を経験してのち就学、弁護士を経て1926年以後自由著作家となる。詩人としてはドイツ古典主義の影響が濃く、批評活動ではヒューマニズムの立場をとる。『ドイツ詩におけるリズムと言葉』(1952)は現代詩学の焦点をとらえる重要な詩論。ほかに小説『二人姉妹』(1956)など。

[三木正之]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ユンガー」の意味・わかりやすい解説

ユンガー
Jünger, Ernst

[生]1895.3.29. ハイデルベルク
[没]1998.2.17. バーデンウュルテンベルク,ウィルフリンゲン
ドイツの小説家,評論家。 F.ユンガーの兄。第1次世界大戦従軍の体験に基づいた日記文学『鋼鉄の嵐のなかで』 In Stahlgewittern (1920) ,『内的体験としての戦争』 Der Kampf als inneres Erlebnis (22) ,『火と血』 Feuer und Blut (25) ,『総動員』 Die totale Mobilmachung (31) ,『労働者』 Der Arbeiter (32) などで戦争と全体主義思想を賛美,ドイツ・ファシズムの開拓者とみられたが,ナチスを容認せず,1939年には神話的幻想的な形式の反ナチス小説『大理石の断崖の上で』 Auf den Marmorklippenを書く。国内亡命派の一人。ほかに,未来小説『ヘリオポリス』 Heliopolis (49) ,日記『放射』 Strahlungen (49) ,随筆『線を越えて』 Über die Linie (50) ,『砂時計の書』 Das Sanduhrbuch (54) など。 82年ゲーテ賞受賞。

ユンガー
Jünger, Friedrich Georg

[生]1898.9.1. ハノーバー
[没]1977.7.20. ユーベルンゲン
ドイツの詩人,小説家。 E.ユンガーの弟。第1次世界大戦から復員後,法律を学び,短期間の弁護士生活を経て詩作に専念。 1920年代末に反戦グループに接近,ナチス文学を批判したために絶えず秘密警察に脅かされた。おもに古典的形式の自然抒情詩を書いたが,第2次世界大戦後は小説も発表。主著に『詩集』 Gedichte (1934) ,『西風』 Der Westwind (46) ,小説『二人の姉妹』 Zwei Schwestern (56) ,機械文明を批判した評論『技術の完成』 Die Perfektion der Technik (46) 。

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百科事典マイペディア 「ユンガー」の意味・わかりやすい解説

ユンガー

ドイツの作家。名はエルンスト。第1次大戦従軍の体験から日記文学《鋼鉄の嵐のなかで》(1920年)などを書き,魔術的な表現力で知られる。ナチスに厚遇されたが転向,抵抗文学《大理石の断崖の上で》(1939年)を発表。ほかに第2次大戦の従軍日記《庭の道》,《平和》など。戦後作品に未来小説《ヘリオポリス》がある。弟のフリードリヒ・ゲオルク〔1898-1977〕は詩人,評論家。

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世界大百科事典(旧版)内のユンガーの言及

【ワイマール文化】より

…トーマス・マン,ヘルマン・ヘッセといった市民的ヒューマニズムの文学も,むしろカタストロフィーの意識を背景としたからこそアクチュアリティをもったといえよう。もっとも特徴的なのは,第1次大戦の前線世代を代表して,俗物的な市民の日常生活のアウトサイダーとしての心情を,耽美的な革命的ナショナリズムの文学に形象化したユンガーであり,様式上のアバンギャルド性が小市民的な夢想と分かちがたく結びついているG.ベンである。ケステンHermann Kesten(1900‐96)はワイマール時代の最終段階の人間像を形象化して,いわば英雄伝説をネガティブに逆転させた《いかさま師》(1932)を発表し,同一人物において才能といかさまが混合しているこうした傾向を象徴した。…

※「ユンガー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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