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日記文学 ニッキブンガク

デジタル大辞泉の解説

にっき‐ぶんがく【日記文学】

日記の中で、自照性が濃く、内面的な深みをもち、記述描写が文学的にすぐれているもの。日本では主として平安時代から鎌倉時代にかけて書かれたものをさし、土佐日記先駆として、蜻蛉(かげろう)日記紫式部日記更級(さらしな)日記など仮名書きで女性の手になるものが多い。

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百科事典マイペディアの解説

日記文学【にっきぶんがく】

日記の形態をとった文学の総称。日本では特に平安〜鎌倉期に,主として女性によって書かれた仮名文日記をさす。《土佐日記》に始まり,《蜻蛉(かげろう)日記》《紫式部日記》《和泉式部日記》《更級(さらしな)日記》《讃岐典侍(さぬきのすけ)日記》と続く平安期の作品は,文学性に富んだ追想的な記録が多く,物語との区別は明確でない。
→関連項目紀貫之太后御記竹むきが記

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世界大百科事典 第2版の解説

にっきぶんがく【日記文学】

日記文学は世界文学のなかでも日本独自の文学ジャンルといってよい。《土佐日記》からはじまり,王朝女流日記を頻出させ,松尾芭蕉,小林一茶らを経て,正岡子規の《仰臥漫録(ぎようがまんろく)》等に至るこのジャンルは,近代に入って純粋な意味でのジャンル性を保たなくなるものの,夏目漱石,森鷗外,樋口一葉,石川啄木,永井荷風さらには高見順等々の作家によるおびただしい作品を生み出している。さらに近代文学における〈私小説〉も射程距離内に含めるならば,日記文学は日本文学独自の一大潮流だといえよう。

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大辞林 第三版の解説

にっきぶんがく【日記文学】

日記の中で文学性の濃いもの。紀行・回顧録・自叙伝の類をも含み、随筆文学と並ぶ自照文学の一種。「土左日記」を祖とし、「蜻蛉日記」「紫式部日記」「更級日記」など平安女流の作品、鎌倉時代の阿仏尼の「うたたね」「十六夜日記」や飛鳥井雅有の日記、後深草院二条の「とはずがたり」から南北朝初期の「竹むきが記」までの範囲をさすことが多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日記文学
にっきぶんがく

日本

日記は古代律令(りつりょう)制の成立発展とかかわり、まず朝廷の公的記録であった。日次(ひなみ)を追って記されることを原則とし、ときに特定の行事や事件に関する記録をさしていう。故事典例を重んずる中古に至って著しく発達し、さらに律令官人の立場で個人的に記す日記も数多く生まれた。それらは漢文もしくは変体漢文で書かれ、文学的ではない。私的な記録としては、ほかに大陸に渡った僧の体験見聞の日記があり、円仁(えんにん)の『入唐求法(にっとうぐほう)巡礼行記』はその代表的作品で、同じ漢文でも、そのなかに文化史的意義の深い、もしくは人間的感動に満ちた記事をままみることができる。広義の日記文学とは、日記がこのように内省的・感動的な内容をもつときにいうのであって、古代から近代に至るそれぞれの時代性を帯び、またその記述の分野に応じつつ、つねになんらかの意味での人生記録なのである。
 ところで、『土佐日記』を創始とし、中古に独特な文学のジャンルとして発達を遂げた日記文学の一群がある。それらは現実の体験、記録的事実に依拠するものの、その制約のなかに成り立つのではなく、それらの事実の奥に内在する究極の人生を、作品のなかに初めて具象的に描き出した、独自な創造的世界として存立する。それは、観念的・規範的な漢文表現から離れた仮名散文による主体的な文体の創出と不可分の関係において生まれた。この一群の作品は日次記ではない。すなわち、作品創造の過程が、一方で現実に対応しながら、同時に作品自体の統括性に基づくのである。『土佐日記』のあと、筆は女性の手に移って、いっそう内面性が磨(と)ぎ澄まされ、『蜻蛉(かげろう)日記』『和泉(いずみ)式部日記』『紫式部日記』『更級(さらしな)日記』『讃岐典侍(さぬきのすけ)日記』などが書かれた。また和歌、とくに私家集との関連も深く、たとえば『成尋阿闍梨母集(じょうじんあざりのははのしゅう)』『建礼門院右京大夫(うきょうのだいぶ)集』など、きわめて日記文学的である。こうした日記文学の各作品が、古代文学史のなかで著しく個性的であることにも注目される。
 中世にもこの王朝日記文学の系譜は受け継がれるが、その文学的に特有な世界を造型する積極的な意義はしだいに喪失されていく。ただそのなかで『問はず語り』が、愛欲生活から仏道懺悔(さんげ)に至る作者二条の生涯を告白していて、貴重である。そのほかに『竹むきが記』など。また『海道記』『東関紀行』『十六夜(いざよい)日記』など紀行が多くなり、宗祇(そうぎ)らを経て、芭蕉(ばしょう)の俳文紀行に及ぶ。体験見聞記としての日記は、中世から近世へますます多様になり、日記文学の特質はおのずからこの広義のなかに解消していく。そして近代は、永井荷風(かふう)の『断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)』等々、自我の覚醒(かくせい)による日記の特性が発揮される。[木村正中]

西洋

ローマ時代の備忘録、覚書、または日々の事件の記録であるコメンタリイcommentariiに始まり、多くは役所の日誌に近かったが、カエサルの『ガリア戦記』(前51ころ)は、雄渾(ゆうこん)な文体によってぬきんでた。しかし、真に文学的な日記となると17世紀以降のもので、ルネサンスにより近代的自我と批評精神が芽生え、宗教改革によって魂との葛藤(かっとう)が強まり、さらに、急速な近代化と政治的・社会的混乱に対する苦悩などが重なって、多くの日記が書かれるようになった。
 日記には、自己だけの秘密な覚書、公開を意図して潤色したもの、また、社会の動きを刻々ととらえたもの、魂の苦悩の軌跡をたどったものなど多岐にわたるが、要は、歴史に記されない赤裸々な事実と、長期間にわたる記録の連続性に大きな価値がある。つまり、歴史がしばしば為政者の功罪を中心に記されるのに対して、日記には作家や庶民の生きた記録がみられ、したがって、その時代の社会を知るための得がたい資料となる。
 著名な日記としては、イギリスのイーブリン(1641~1706まで)、ピープス(1660~1669まで)、バーニー夫人(1784~1840まで)のものがある。なかでもピープスは暗号を用いて記したため19世紀になってようやく解読されたが、ロンドンに関する記述が詳しく、バーニーは宮廷の秘話などに言及している。また、18世紀のイギリスの博物学者G・ホワイトは自然を描写し、19世紀にはフランスの作家スタンダール、ゴンクール兄弟、ベルナールら、ドイツの劇作家ヘッベルらが日記を残して作品理解の鍵(かぎ)を残している。また、スイスの哲学者アミエルの日記は、懐疑主義の時代に苦悶(くもん)する魂の記録として貴重である。20世紀にはフランスの作家ジッドやイギリスの作家ウルフのものがあるほか、ユダヤ少女の『アンネの日記』が戦争の悲惨さを描いて大きな反響をよんだ。[船戸英夫]
『玉井幸助著『日記文学の研究』(1965・塙書房) ▽ドナルド・キーン著、金関寿夫訳『百代の過客――日記にみる日本人』上下(1984・朝日新聞社)』

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世界大百科事典内の日記文学の言及

【随筆】より

…人間内奥の消息や人間性への省察などは,別に詩や文または書簡で開陳された。いわゆる日記文学の中国における未成熟も同様な事情による。ただ明代末期に流行した〈小品文〉(随想類の短い文章)のなかには,まさにエッセーと呼ぶにふさわしい上質の文章が独自な文体で定着しており,中国文学史に新しいページを拓いている。…

※「日記文学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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