大学事典 の解説
ラテンアメリカの大学改革
ラテンアメリカのだいがくかいかく
[地域高等教育会議]
2008年6月,コロンビアにおいて,3000人を超えるラテンアメリカ地域の高等教育関係者が一堂に会して,高等教育の将来像を展望し,目指すべき方向性と戦略を討議する「ラテンアメリカ・カリブ海地域高等教育会議」が開催された。古い歴史を有するラテンアメリカの大学は,少数エリート大学時代の大学像を前提にした構造を温存したまま,1960年代,70年代に急激な量的拡張を経験した。しかし,80年代の経済危機は,国家からの財政支援に依存した大学拡張の限界を露呈し,累積されてきた大学の諸問題をいっきに顕在化させた。国立大学での教育・研究の質の低下,入学者選抜の強化,大学教育無償制廃止などの一方で,私立大学や各種短期高等教育機関が急増した。また外国の大学やバーチャル大学の進出も見られた。量的拡張と多様化が同時に進展し,高等教育制度は否応なく構造改革を迫られた。
この間,経済のグローバル化は進展し,ラテンアメリカ諸国をも巻き込んだ国際競争は激しさを増した。知識基盤社会の到来により,科学・技術開発がますます重要性を増すという議論も高まり,国の発展における高等教育の戦略的重要性が再認識されつつあった。こうした中,この種の地域全体の高等教育会議としては,約12年ぶりに開催されたものであった。
成果をまとめた宣言文の冒頭には,次のような言葉が掲げられた。「ラテンアメリカの高等教育は,社会的公共財であり,普遍的人権であり,国家の責任である」。この言葉には,次のような意味が込められている。第1に,高等教育は「社会的公共財a social public good」であると表明していることである。1980年代に生じた高等教育の民営化,市場化において,高等教育がもっぱら個人の利益に属する私的財産として議論され,取り扱われる傾向があったことを意識しての発言と読み取ることができる。次に高等教育を受けることは人権であると踏み込んでいる。基礎教育が基本的人権に属するという理解は普遍的なものとなりつつあるが,高等教育を人権ととらえる認識は先鋭的である。高等教育の量的拡張にもかかわらず,社会階層間での就学機会の格差が顕在化してきており,また先住民系住民の高等教育進学が阻害されていることなどが指摘されている。勉学の意欲と能力のある若者が高等教育から排除されることのないように積極的な施策を講ずべきであるというメッセージである。
第3に,国家の責任を強調していることである。伝統的にラテンアメリカでは,制度的形態としては国立大学(ラテンアメリカ)が優位であった。国が全面的な財政支援を行う一方で,国の将来の指導者を養成する大学には自治権を与え,その管理運営には直接的に介入しないという体制がとられてきた。メキシコ国立自治大学のように大学名に自治を冠する大学も少なくない。独裁政権の下では,しばしば自治侵害や強制介入も見られたが,大学自治の原則は維持されてきた。国は私立大学の設立を極力制限してきた。80年代以降,こうした体制の維持は不可能となった。国からの財政支援は減少し,また,私立高等教育機関への規制を緩和することを迫られた。その結果,明確な設置基準を欠いたまま,教育の質や施設・設備に問題のある多数の私立高等教育機関が数多く乱立することとなった。そこで国家による高等教育の質保証,すなわち国家的な高等教育の評価・認定制度の樹立が求められることになってきた。また,高等教育における国家の責任と役割の強調には,教条的に自治を振りかざしてきた従来の大学自治論とは異なり,自治の行使には社会的責任を伴うことを大学人自らが認識したことが示唆されている。ここには,経済危機以降後退してきた国の高等教育財政支援を回復,増加すべきという意味が込められている。
[改革の基本指針]
会議は,関係者に対して次のような五つの基本指針の下に,ラテンアメリカの大学改革(ラテンアメリカ)に努力を傾注することを勧告した。
(1)学部と大学院の両方で,良質で,社会的適合性をそなえ,社会的に開かれた高等教育の量的普及を推進する。
(2)高等教育機関の認定・評価・質保証の政策を推進する。
(3)教育と研究の革新を促進する。
(4)各国間での格差を是正し,ラテンアメリカ・カリブ海地域の持続的発展のために,科学・技術・イノベーションの地域的共通課題を設定する。
(5)「ラテンアメリカ・カリブ海の高等教育出会いの空間」(ENLACES,絆という意味にもなる)等の連携の場の創設を通じて,地域高等教育の国際化と地域的統合を支援する。
著者: 斉藤泰雄
参考文献: 斉藤泰雄「ラテンアメリカ地域における大学の国際連携」『比較教育学研究』第48号,2014.
参考文献: ラテンアメリカ・カリブ海地域高等教育国際研究所:http://www. unesco. org. ve/
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報