ラロック(その他表記)Pierre Laroque

改訂新版 世界大百科事典 「ラロック」の意味・わかりやすい解説

ラロック
Pierre Laroque
生没年:1907-97

現代フランスを代表する社会保障専門家。パリ大学,政治学専門学校を経て,1930年フランス文官の最要職である参事院に入り,64年から77年まで同社会部の部会長を務め,引退後は名誉部会長となった。その間,1944年から51年までは労働省の社会保障長官として活躍し,とくに第2次大戦後の〈フランス社会保障計画〉(1945)の策定を主導したことで有名である。イギリスベバリッジ報告(1942)との対比でみたラロック・プランの顕著な特色は,社会保障の〈自主管理〉や給付の〈個別性〉を重視したことである。51年参事院に復帰後は,国内では社会保障全国金庫の理事長などの要職を兼務しながら,パリ大学付属政治研究所,国立行政学院その他の教授となり,多数の著書,論文を公にしている。国際的には,国連ILOなどの社会保障関係部門の仕事にフランス代表として参画し,〈社会保障の最低基準に関するILO第102号条約〉(1952)の制定,ILOの《報告書--21世紀に向けての社会保障の展開》(1984)の作成に貢献した。1958年には,東京で開催された第9回国際社会事業会議に出席するため来日し,3週間余滞在して各地講演を行った。
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ラ・ロック
François de La Rocque
生没年:1885-1946

フランスの右翼団体の指導者伯爵。1928年,退役中佐となり,翌29年に旧出征軍人の小団体クロア・ド・フーに加入した。クロア・ド・フーは彼の指導の下で,国民革命を標榜する大衆的政治団体に転換し,左翼から最も危険なファシスト団体と目された。40年の休戦後はペタン元帥を支持したが,極端な対ドイツ協力派とは一線を画し,43年,ドイツ軍当局に逮捕された。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ラロック」の意味・わかりやすい解説

ラロック
Larocque, Gene Robert

[生]1918.6.29. イリノイ,カンカキー
アメリカの軍人。イリノイ大学卒業後,1941年海軍少尉に任官,65年少将,72年退役後民間の国防情報センター所長。 74年9月 10日,アメリカ上下両院原子力合同委員会軍事利用小委員会で,アメリカの核戦略体制についての数々の証言を行い,核武装した米軍艦の日本への寄港を指摘した「ラロック証言」は日本人に衝撃を与え,日本の非核三原則と日米安全保障体制に新たな問題を提起した。

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