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イギリスの詩人,批評家,編集者。ケンブリッジ大学出身。オーデン・グループと親密で,彼らとともに左翼運動に加わる。雑誌《ニュー・ライティング》(のち《ペンギン・ニュー・ライティング》)の編集者として1930年代の新しい文学運動に貢献。またこれより前,レナードとバージニアのウルフ夫妻のホガース・プレス創立と経営に尽力する。第2次大戦後は《ロンドン・マガジン》(1954-)を創刊,61年まで編集長を務める。すぐれた編集者として新しい才能発掘で知られるが,緊密で鋭い詩風の持主で《全詩集1930-63》(1963)があるほか,幼年期の感受性をみずみずしく描いた自叙伝《ささやく回廊》(1955),その続編《私は私の兄弟》(1960)や《ふんだんな提案》(1966)もすぐれている。またシットウェル姉弟の伝記である《虎たちのすみか》(1968),ウルフ夫妻についての回想録《ウルフ夫妻に身をささげて(狼たちに投げ与えられて)》(1978)があり,〈生きた現代文学貯蔵庫〉の趣がある。女流作家R.N.レーマンは姉。
執筆者:出淵 博
イギリスの女流作家。J.F.レーマンの姉,女優ベアトリクス・レーマンの妹。ケンブリッジ大学卒業。少女期の不安定で繊細な,うち震えるような感受性を美しく香気豊かに描き出す作風をもち,処女作《味気ない答え》(1927)はその典型的なものである。《ワルツへの招待》(1932),《街の気候》(1936)は連作で,女主人公オリビアの18歳の無垢さと,10年後に結婚生活に傷つき離婚した経験とが描かれ,明と暗の対照,無垢と経験の照応がみごとである。最も野心的な作品は,女主人公と恋人と姉との三角関係を扱った《谺(こだま)する森》(1953)で,主題と技法とが緊密にからまりあった対位法が用いられ,息苦しいまでに密度の高い世界が描き出されている。ほかに自伝的な作品《夕暮れの白鳥--内面生活の断章》(1967),ファンタジー《海葡萄の樹》(1976)などがある。
執筆者:出淵 博
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ドイツのソプラノ歌手。ベルレベルク生まれ。ベルリンで学び、1910年ハンブルクでデビュー。14~38年ウィーン国立歌劇場に所属、R・シュトラウスの『影のない女』初演などで活躍した。R・シュトラウスやワーグナーの作品を中心にヨーロッパ各地の主要歌劇場に客演、20世紀前半の代表的ソプラノ歌手の1人とされ、豊かな張りのある美声と劇的な表現で知られた。38年以後はアメリカに定住、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場を中心に活躍して45年にオペラから引退。以後リートを歌うかたわら演出や教育を行い、カリフォルニア州サンタ・バーバラに没した。自伝『Midway in my Songs』(1938)、『My many Lives』(1948)がある。
[美山良夫]
『野水瑞穂訳『ロッテ・レーマン 歌の道なかばに』(1984・みすず書房)』
ドイツの詩人。ベネズエラに生まれ、ハンブルク郊外で育った。大学卒業後教師となり、主として北ドイツ各地で勤め、1947年退職するまで長くエッケンフェルデの高等中学校(ギムナジウム)正員教授。第一次世界大戦で捕虜生活を数年経験した。初め小説に向かい、1935年詩集『沈黙の答』で詩に転向。当時高名な自然叙情詩人レールケを師として自然の動植物をリアリスティックに観察、北欧ゲルマンおよびギリシア神話伝説を交え異教的、汎神(はんしん)論的世界観を示す牧歌的な自然叙情詩を書いた。その詩はみがかれ、簡潔で美しい。初期の戦後派自然叙情詩人、のちに詩壇を代表するクローロKarl Krolow(1915―1999)などに影響を与えた。クライスト賞(1923)、レッシング賞(1953)、大功労十字勲章(1957)などを受賞。全集三巻(1962)がある。
[新保勝夫]
『神品芳夫訳『沈黙のこたえ』(『世界名詩集大成8』所収・1959・平凡社)』
イギリスの女流小説家。ロンドンの上流家庭に生まれ、ケンブリッジ大学卒業。処女作の『味気ない答え』(1927)で子供の生活と成長を繊細に描いて名をなした。『ワルツへの招待』(1932)では思春期の少女の心理を写し、『民謡と源泉』(1945)では一少女に大人の悲劇的な世界を語らせている。『街の天候』(1936)と『こだまする林』(1953)では、1人の男性をめぐる三角関係のなかの女性の苦悩を扱っている。1967年には自伝『日暮の白鳥』を刊行した。
[安達美代子]
イギリスの詩人、批評家。ケンブリッジ大学卒業。1930年代のイギリス詩壇で新声をあげたオーデンらとともに、詩選『新署名』(1932)によって世に出たのち、新しい文学の批評、紹介に活躍した。『ニュー・ライティング』(1936~39)や『ロンドン雑誌』(1954~61)の編集にも携わった。自伝『ささやき回廊』(1955)、『わたしは自分の兄弟』(1960)は第二次世界大戦前後の文学状況をよく伝えている。
[戸田 基]
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