翻訳|Roma
定職を持たずに移動しながら暮らした歴史を持ち、各国で差別を受けてきた。ナチス・ドイツはユダヤ人と同じくロマを虐殺の対象とした。現在は多くが定住し、欧州に1千万人以上が暮らすとの推計もある。教育環境や社会インフラが
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ヨーロッパを中心に、東アジアを除くほぼ世界中に分布、生活する少数民族。ロムRom,Lom、ロマRoma(ロムの複数形)、ロマニRomany、ドムDomなどと自称し、これらはすべて彼らの言語で「人間」という意味である。歴史的に長く移動生活を続け、定住しなかったことから、「流浪の民」「漂泊の民族」といったイメージでみられ、各地の定住民の側から偏見による差別や迫害を受けることが多かった。現在では、定住や混血が進んでいる。彼らロマに対して使われた呼び名(他称)は大きく2種類の系統に分けることができる。一つは小アジアのフリギアにおけるマニ教の一宗派アティンガノイから派生したという説のある名称で、ドイツ語のツィゴイネルZigeuner、フランス語のツィガーヌTsiganesなどである。もう一つは、「エジプト人」という意味の名称から派生したもので、英語のジプシーGypsy、フランス語のジタンGitan、スペイン語のヒターノGitanoなどである。これらの他称はいずれもヨーロッパ人からみて東方からやってきた未知の民族に対する、誤った出身地の推定から発したものである。最近ではこれらの呼称にかわって、ロマあるいはロマニとよぶことが多い。
言語はインド・アーリア語に属するロマニ語。総人口は、500万人から1000万人までさまざまな推定があるが、いまも移動を続ける人々がいることや、混血が進み、別の民族集団と一括して数えられたりすることなどから、正確な人口を把握するのはむずかしい。
[木村秀雄]
ロマの出身地がインド北西部であることはほぼ確実視されている。しかし、インドのどの民族集団と起源を同じくするのかは明らかではない。彼らがインドを出発したのは9~10世紀であったと思われるが、現在のロマがすべて同時に故地を離れたのではなく、おそらくは何度もの波に分かれて、長い時間をかけて次々に出発していったのであろう。移動の経路などについては明らかではない。またすべてのロマを単一の起源に帰するという考えには異論も出されている。
10世紀には近東諸国に現れ、14~15世紀には小アジアからバルカン半島へ、そして東ヨーロッパ、西ヨーロッパへと移動し、近年では、南北アメリカ大陸からオーストラリアにまで移住している。
[木村秀雄]
移動の過程で、また新しい国に順応したり定住していく過程で、生計を支える手段は、好みや状況に応じ変化に富むようになってきたが、基本的には移動生活に適したものが多かった。金属加工や籠(かご)作りなどの工芸、移動手段としてたいへん重要であった馬の売買、そして楽士、占い師、アクロバットなど芸能に従事し、行く先々で人々に娯楽を提供するのが、彼らの伝統的な職業であった。
各地の宗教を採用し、そのため宗教を原因とする周囲の人々との紛争は避けられてきたが、ロマ本来の汎神(はんしん)的、呪術(じゅじゅつ)的概念は色濃く残っており、死霊や超自然的存在に対する信仰を失っていない。木の板や布地でつくったテントや家馬車に住んでいたが、第二次世界大戦以降、彼らの生活も近代化され、家馬車は自動車に乗りかえられ、定住化が進んだ。
[木村秀雄]
移動生活を続けている「伝統的」ロマの社会でもっとも強固なまとまりをもつのは、父親または最年長の男性を中心とする世帯である。いっしょに移動するバンドは一つの世帯のみで構成されている場合もあるが、複数の世帯が集まって一つの移動団が形成される場合も多い。世帯や移動団の内部では忠誠、協調、相互扶助が強調され、違反者はバンドから放逐されることもある。移動団のメンバーは共通の出自に基づく同族団に属している場合が多い。この同族団を父系出自に基づく父系リネージ(系族)であるとしている学者もあるが、父系の出自原理が強いところでも、各個人は母系親族に対しても一定の権利・義務を保っており、また、結婚の際に夫が妻の移動団に入ることが義務づけられている場合もある。移動団、同族団およびその集合体である地域的にまとまった集団は、1人の首長ないし複数の長老たちによって率いられている。指導者たちは、移動を決定し、移動路を指示し、祭りを主催し、グループ内のもめ事を収める。紛争は長老たちの裁定によって解決するが、流血を伴う紛争の場合には、血讐(けっしゅう)などの暴力的手段がとられる場合もある。
ロマは伝統的に自分たち以外とは通婚せず、他の人々と自らを峻別(しゅんべつ)して民族としてのアイデンティティ(帰属意識)を保ち続けてきた。しかし、ロマ全体を統一する組織や連帯意識は存在しなかった。第二次大戦後の定住化の流れのなかで、定住生活に入った人々もいるが、いまも移動生活を続ける人々もいる。移動するロマは定住するロマを「伝統を捨て独立の誇りを失った者」とみなし、定住ロマは移動ロマを「不安定な生活を続ける者」とみなして、互いに非難しあう傾向があった。定住を嫌うロマは、一か所にとどまって集落を形成しても一時的なもので、宿営地から宿営地へと移動を続ける。
[木村秀雄]
昔からロマは、しばしば追放や迫害の対象となってきた。1933年から始まったナチスによる「ジプシー絶滅政策」では、ヨーロッパ各地で50万人を超えるロマが犠牲になったといわれる。また現在もロマへの差別と迫害、地域住民との軋轢(あつれき)はなくなったわけではない。71年には、世界ロマニ連盟World Romany Unionが結成され世界中のロマの連帯と問題解決にむかって国際的な組織づくりを進めている。しかし統合を目ざす1990年代のヨーロッパでは、社会的・経済的不安のなか、民族憎悪による被害も多発しており、民族としての独自性をもち続けようとする彼らをとりまく状況は厳しい。
[木村秀雄]
いわゆる「ジプシー音楽」といった場合、厳密にはロマ自身の民俗音楽をさすが、言語に比べると、世界中のロマに共通する音楽のスタイルといったものはない。広い意味では、ロマたちによって演奏され、洗練されてきた音楽全体を意味する。
各地のロマのうち、東ヨーロッパとイベリア半島に住む集団による音楽がとくによく知られており、「ジプシー音楽」といえば、ハンガリーやルーマニアなどのジプシー・バンドや、南スペインのフラメンコ音楽をさすことが多い。ハンガリーでは18世紀の中ごろに、バイオリン、コントラバス、ツィンバロム(チター型弦鳴楽器)で構成される、今日のジプシー・バンドの基本的な形ができあがり、のちにはこれにクラリネットを加えたり、弦鳴楽器の数を増やしたりして演奏されるようになった。そして、ロマは伝統的な単旋律とドローン(低音を持続させて旋律的な他の声部を支えること)という形態にとどまらず、西ヨーロッパ的な意味での和声付けを行うようになった。ベルブンコシュverbunkosとよばれるハンガリーの舞曲のスタイルは、こうして18世紀末に生まれ、19世紀に流行するようになったものである。また、西アジア一帯で、祭りや結婚式、割礼の祝いなどで舞踊の伴奏に使われる、ズルナ(ダブルリードの管楽器)やダウリ(大太鼓)は、職業音楽家であるロマが演奏していることが多い。スペインのカンテ・フラメンコにおいても、スタイルやレパートリーの点でロマの貢献は大きく、今日もフラメンコの歌手やギター奏者、舞踊家にはロマ出身の人がかなり多い。
なお、いわゆる「ジプシー音階」は、「ハンガリー音階」ともよばれるように、ハンガリーのベルブンコシュやチャールダーシュといった舞曲のなかによく現れるのでそう名づけられたもので、すべてのロマの音楽に共通するものではない。
[卜田隆嗣]
ヨーロッパを中心として,アジアや南北アメリカに1000万人近く居住する民族。インド北西部のパンジャーブ地方を原郷とし,11世紀頃から西に向けて移動。ヨーロッパに姿をみせると,「エジプト人(Egyptian)」と考えられたことから,ジプシー,ツィガン,ジタンなどと呼ばれた。ときに,差別的な意味合いを含んでいた。自称は「人間」を意味するロマ。自らの宗教を持たず定住先の宗教を受け入れることが多く,キリスト教徒もいればムスリムもいる。言語としては「ロマ語」を持っており,ヒンディー語との共通性を多く備えている。「放浪の民」というイメージが付与されているが,現在,移動生活をするのは一部にすぎず,多くは定住生活を営む。約800万のロマはヨーロッパ最大の少数民族。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
「ロム」のページをご覧ください。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…ヨーロッパを主として,日本など一部の国を除く世界各国に散在している少数民族を指す他称(英語)。ジプシー自身は,自分たちのことをロムromとかロマroma(複数形),あるいはロマニチェルromanichelなどといっている。これらは彼らの言葉で〈人間〉を意味し,軽蔑的なニュアンスがまったくないから,最近ではジプシーのことをロマとか,ロマニーRomany,彼らの言葉をロマニー語と呼ぶことが多くなっている。…
※「ロマ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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