日本大百科全書(ニッポニカ) 「ローソン」の意味・わかりやすい解説
ローソン(Henry Archbald Lawson)
ろーそん
Henry Archbald Lawson
(1867―1922)
オーストラリアの詩人、短編小説家。シドニー中央公園の銅像や10ドル紙幣の肖像画でもなじみの、この国でもっとも有名な作家。1850年代のゴールド・ラッシュ当時のにぎわいは終息していたが、ニュー・サウス・ウェールズ州グレンフェル採金地のテントの中で生まれる。父ラーセンは一攫(いっかく)千金を夢み移住したノルウェー船員。母ルイザは隣町のマジー出身だが、後年シドニーに別居し女権運動で活躍、息子の第一作『散文と詩による短編集』(1894)を自ら出版、つねに執筆を励ました。9歳のときから聴力を失い、学校は13歳まで、以後は肉体労働で自活、独学した。1887年『ブリティン』誌に投稿した詩「共和国の歌」が掲載され、ついで短編小説も寄稿、「天才少年」の声名を得た。作品の多くは、奥地に働く開拓民の悲喜こもごもの生活と、その強い仲間意識(メイトシップ)を深い同情をもって如実に描出、多年にわたり最多数の読者を得て、国民作家の声名は今日もなお高い。だが実生活は終始恵まれず、イギリスから帰国直後の1903年には、飲酒癖が高じて妻バーサ(1896結婚)とも別居した。孤独と貧困のうちにシドニー郊外で死去、州葬の礼を受けた。
[平松幹夫]
『越智道雄・宮下嶺夫・山崎真稔編訳『ヘンリー・ロースン傑作選 帽子を回せ』(1987・サイマル出版会)』▽『平松幹夫監訳『ヘンリー・ローソン』(1988・勁草書房)』▽『同監訳『ローソンの世界』(1995・勁草書房)』
ローソン(John Howard Lawson)
ろーそん
John Howard Lawson
(1894―1977)
アメリカの劇作家。表現主義的手法で出発したが、のちにはプロレタリア文学に傾いた。代表作『行進聖歌』(1925)は寄席(よせ)演芸の伝統を生かした巧妙な政治風刺の作品で、1920年代表現主義の典型とされる。『拡声器』(1927)、『成功物語』(1932)では、アメリカ文明の物質主義、民主政治の腐敗を告発している。劇作術の巧みさ、知的構成を特色とするが、イデオロギー偏向を指摘する批評家もいる。演劇論、映画論にも優れた業績がある。
[有賀文康]
『岩崎昶・小田島雄志訳『劇作とシナリオ創作――その理論と方法』(1958・岩波書店)』▽『岩崎昶訳『映画芸術論』(1967・岩波書店)』