日本大百科全書(ニッポニカ) 「ワライタケ」の意味・わかりやすい解説
ワライタケ
わらいたけ / 笑茸
[学] Panaeolus papilionaceus (Fr.) Quél.
担子菌類、マツタケ目ヒトヨタケ科ヒカゲタケ属の毒キノコ。1917年(大正6)石川県でキノコによる中毒事件があり、これを研究した川村清一(1881―1946)が前出の学名を決定し、ワライタケの和名を与えた。ワライタケは、馬糞(ばふん)や堆肥(たいひ)を施した畑に生える。傘は径3~5センチメートルの半球形。表面は灰白色ないし淡灰褐色で、表皮はカメの甲状に細かくひび割れる。ひだは密で黒色。胞子紋も黒色で、胞子は13~18マイクロメートル×8~12マイクロメートルのほぼ楕円(だえん)形。茎は長さ8~15センチメートル、径3~6ミリメートル。誤って食べると異常に興奮し、狂ったようにはしゃぎ、笑い踊るという狂態ともいうべき症状を呈する。いわゆるワライタケ症状である。この種の毒性をもつキノコを幻覚性キノコhallucinogenic mushroomといい、世界には30種以上がある。そのうち、日本のおもな菌は次のとおりである。
(1)モエギタケ科シビレタケ属Psilocybeのシビレタケ、アイゾメシバフタケ、ヒカゲシビレタケ、アイセンボンタケなど。
(2)ヒトヨタケ科ヒカゲタケ属Panaeolusのワライタケ、マグソタケ、ヒカゲタケ、センボンサイギョウガサ、ヒメシバフタケなど。ただし、実際の中毒としてはワライタケによる1例のみである。
(3)オキナタケ科コガサタケ属Conocybeのキノコ。ただし、日本産の菌での中毒例は不明である。
(4)フウセンタケ科チャツムタケ属Gymnopilusのミドリスギタケ、オオワライタケ。ただし、実際の中毒はオオワライタケのみで、毒成分の化学的研究は未完成である。
(1)~(4)のうち、日本における実際の中毒はシビレタケ属のキノコとオオワライタケによることが多く、ワライタケやその他のキノコによる例はまれである。幻覚性キノコによる中毒は、平安時代末期の『今昔(こんじゃく)物語集』巻28に「尼共入山食茸舞(あまどもやまにいりてたけをくらひてまふこと)語」と題して記載されている。それ以来、このキノコを舞茸(まいたけ)と名づけたとも書かれているが、もちろん、現在のマイタケとは異なっている。
[今関六也]
幻覚性キノコの研究
幻覚性キノコが学界の注目を集めたのは、アメリカの民俗学者ワッソンR. G. Wassonが、40年ほど前、メキシコ・インディアンに伝わる奇習について研究を始めてからである。メキシコ中南部の山岳地帯に住む原住民の間には、この種のキノコを食べることによって神の世界と交流できるとし、これを神聖なキノコとみなす風習が古くから伝わっている。神に仕える巫女(みこ)や祈祷(きとう)師だけがこれを食べる資格があり、悩み事の相談を受けると、祭壇を飾ってこのキノコを食べ、神の託宣を聞いて依頼者に答えるという。1955年、ワッソンはフランスの菌学者エイムRoger Heimとメキシコ山中を訪れ、多種類の幻覚性キノコを採集研究するとともに、儀式に参加し、キノコを自分で食べて幻覚性中毒を体験した。さらにその後、フランスやスイスなどの多方面の科学者の協力を得て研究を進め、幻覚性キノコについての民俗学、菌学上の功績だけでなく、化学、薬学、医学、とくに精神医学の発展に大いに貢献した。これらの研究によって明らかにされた幻覚性毒成分は、シロシビンpsilocybin、シロシンpsilocynと名づけられたインドール誘導体である。
[今関六也]
『R. G. Wasson & V. P. WassonMushrooms, Russia and History, 2 vols. (1957, Pantheon Books, New York)』▽『G. Lincoff & S. H. MitchelToxic and Hallucinogenic Mushroom Poisoning (1977, Van Nostrand Reinhold Co., New York)』