アイルランド自治法案(読み)アイルランドじちほうあん(英語表記)Irish Home Rule Bill

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

19世紀末~20世紀初頭イギリスの歴代政府がアイルランド民族の独立運動や土地解放運動懐柔のために一定の自治を許そうとしたいくつかの法案をさす。 1870年 I.バットのアイルランド自治協会に発する自治獲得の運動は,アイルランド選出議員の増加とともに議会内外に一大民族運動を展開。これに対し 1886年 W.グラッドストン自由党内閣はダブリンにアイルランド議会をつくる法案を提出したが,これに反対する自由党内の保守派は分裂して,保守党とともに下院でこれを否決した。以後法案提出のたびに国内政治問題化していった。 1893年第4次グラッドストン内閣は,アイルランドに二院制の議会を許し,イギリス議会にもアイルランド議員を送る妥協的自治法案を提出したが,これも上院で否決された。 H.アスキス自由党内閣は 1912年三たび自治法案を議会に提出,これは 1914年下院を通過したが,第1次世界大戦勃発のため実施は延期された。しかし,1916年アイルランド義勇軍などによる復活祭蜂起が起こるなかで,ついに 1920年アイルランド統治法と称する自治法が公布され,アイルランドは北部のアルスター地方とその他に分離,それぞれに議会が与えられた。その後もこの措置に対し南部のシン・フェーン党を中心に反対が続き,1921年イギリスはアルスター分離を条件としてアイルランドにイギリス帝国内の自治領としての地位を認め,1922年 12月6日アイルランド自由国が成立した。

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

アイルランドに自治権を与える法案
自由党のグラッドストン首相は,1886年小作人に土地を買わせて自作農とする土地法を提出する一方,地方的問題にのみ権限を与える自治法案(第1回)を提出した。しかし,自由党の分裂で否決。第2回(1893)は上院で否決。第3回(1914)は自由党アスキス政権のときに成立したが,第一次世界大戦で実施は延期された。

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