アジア経済研究所(読み)アジアけいざいけんきゅうしょ

改訂新版 世界大百科事典 「アジア経済研究所」の意味・わかりやすい解説

アジア経済研究所 (アジアけいざいけんきゅうしょ)

発展途上地域の経済と関連分野に関する日本最大の研究機関。英語名Institute of Developing Economies。アジア地域等の経済およびその関連諸事情の調査研究を行い,その成果普及により,これら地域との貿易拡大と経済協力促進への寄与を目的として1958年通産省所管財団法人として設立され,60年アジア経済研究所法に基づく同省所管の特殊法人として正式発足した。東京都新宿区にある。初代所長は東畑精一。アジア,アフリカラテン・アメリカを中心に,オセアニア東欧シベリアをも含む諸地域を対象として,地域研究,開発経済,統計解析,経済協力などの分野の研究活動を行っている。また,約20万冊の図書や多数の新聞・雑誌の収集レファレンス,月刊機関誌《アジア経済》(1960年5月創刊)をはじめとする和文・英文による6種の定期刊行物や年間約30点の研究報告書等の出版など,情報センターとしての活動も活発である。対象諸地域の言語を用いて,経済にとどまらず政治,社会に及ぶ基礎的かつ総合的な研究を進めているところに特色がみられる。発展途上地域を専門とする日本人研究者の養成に果たした貢献も大きい。98年7月,JETRO日本貿易振興会)と合併日本貿易振興会アジア経済研究所(JETRO-IDE)と改称。2003年,独立行政法人日本貿易振興機構となる。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アジア経済研究所」の意味・わかりやすい解説

アジア経済研究所
あじあけいざいけんきゅうじょ

開発途上地域の調査研究を通じてこれら地域との貿易の拡大や経済協力の推進に寄与することを目的として設立された研究機関。1958年(昭和33)に通商産業省(現経済産業省)所管の財団法人として発足し、1960年にアジア経済研究所法の制定により特殊法人に改組された。その後1998年(平成10)、日本貿易振興会(JETRO(ジェトロ))と統合し、その附置機関となる。1988年(昭和63)に制定された多極分散型国土形成促進法による閣議決定により移転対象機関となり、1999年に東京から千葉・幕張(まくはり)(千葉市美浜(みはま)区)に移転した。2003年日本貿易振興会が独立行政法人日本貿易振興機構となり、その附置研究機関となった。

 アジア経済研究所は、アジア地域をはじめ、開発途上地域全般にわたって経済およびその関連諸事情についての基礎的、総合的な調査研究を行うとともに、これらの地域に関する基本文献、資料、統計データなどの収集、整備に努め、開発途上国に関する資料センターとしての役割も果たしている。また、国連大学受託調査、海外客員研究員の受け入れ、国際シンポジウムの開催など、国際的な調査協力や研究交流も行っている。

[秋山憲治]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「アジア経済研究所」の意味・わかりやすい解説

アジア経済研究所【アジアけいざいけんきゅうじょ】

独立行政法人JETRO(日本貿易振興機構)の付置研究機関。1958年通産省所管の財団法人として設立,1960年同研究所法に基づき特殊法人化。政府出資が主,民間も出資。アジア地域を中心とした発展途上国の経済および関連する諸事情についての調査研究,その成果の普及,貿易の拡大,経済協力の促進,開発研修活動と外国人研修生・専門家の受入れ,教育などを目的とする。1998年7月にJETROと統合された。1999年末に千葉県幕張新都心へ移転。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android