改訂新版 世界大百科事典 「アジサイ」の意味・わかりやすい解説
アジサイ
(common)hydrangea
Japanese hydrangea
Hydrangea macrophylla(Thunb.) Ser.f.macrophylla
観賞用として広く庭園などに栽植されているユキノシタ科の落葉低木。梅雨時の象徴的な花である。漢字では慣用として紫陽花を当てることが多い。幹は群生して高さ1.5mくらいになり,よく枝分れする。葉は対生して托葉はなく,有柄,葉身は大きく,質が厚く,表に光沢があり,ほとんど毛がない。形は倒卵形で先は鋭くとがり,ふちに鋸歯がある。6~7月,枝の先に球状に多くの花をつける。花は大部分が萼片が大きくなり花弁状に変化した装飾花で,一般に美しい青紫色であるが,白色や淡紅色などの品種もある。種子はほとんどできない。
園芸種と歴史
アジサイは日本で育成された園芸品であり,太平洋側の海岸近くに自生するガクアジサイがその原種であるとされる。アジサイは鎌倉時代に園芸化され,江戸時代にはごく一般的な庭園植物となっていた。それとともに古く中国に渡り,中国でも庭園に植えられていた。アジサイがイギリスに導入されたのは1789年であるが,これは中国から持ち込んだものである。この品種は導入したJ.バンクスを記念したサー・ジョセフ・バンクスの品種名で現在も呼ばれている。また,マリエシイMariesiiは,日本のモモイロアジサイがフランス人によって導入されたものである。これにベニガクなどが交雑親となって,現在のように多色の品種群がヨーロッパで育成され,セイヨウアジサイ(ハイドランジア)と呼ばれ,日本に再導入され,花屋で鉢物として多く売られるようになった。このベニガクH.macrophylla f.rosalba(Van Houtte)Ohwiは,後述のガクアジサイあるいはエゾアジサイの園芸品と考えられるもので,萼の色が咲きはじめの白から淡紅,紅,紫紅と変化する種類である。花型はガクアジサイと変わらない。なお花型についてはアジサイ型(テマリ型)のものをホルテンシス・タイプHortensis type,ガクアジサイ型(ガクブチ型)のものをレースキャップ・タイプLacecaps typeと欧米でも2型に区別されている。
花色の変化
アジサイの花色は土壌の酸性度によって変化する。酸性度が高くなると鉄およびアルミニウムが多く溶け出し,ことにアルミニウムが吸収されると花色は青色が強くなる。逆の場合は桃色が強くでる。このほか肥料要素,すなわち土壌中の硝酸態窒素とアンモニア態窒素の割合なども,花色を変える原因であることが知られている。
野生種
アジサイの原種とされるガクアジサイH.macrophylla f.normalis(Wilson)Haraは,散房状集散花序の周りだけに,少数の青紫色,淡紅色または白色の装飾花をつける。多数の正常な両性花は小型で,ごく小さな5枚の萼片と5枚の楕円形鋭頭の花弁,10本のおしべをもつ。房総半島,三浦半島,伊豆半島,伊豆七島,紀伊半島南部,四国南部などに自生するが,観賞用に庭園にもよく植えられている。ヤマアジサイ(サワアジサイ)H.macrophylla ssp.serratum(Thunb.)Makinoは,アジサイと同じ種類に属し,日本の山地に広く野生している。またエゾアジサイH.macrophylla ssp.yezoensis(Koidz.)Kitam.は前者に似ているが,葉や花,果実が大型で,北海道と本州日本海側の多雪地域に分布する。葉に甘味成分を有する系統がヤマアジサイ類のなかにあり,アマチャと呼ばれる。このほかアジサイ属には,ノリウツギ,タマアジサイ,ツルアジサイ,コアジサイ,ガクウツギなど数種が日本の山地に自生する。ノリウツギH.paniculata Sieb.は高さ2~3mに達する落葉低木で,夏に円錐花序に多くの白い花をつけ,周りに装飾花がある。ノリウツギの両性花の萼が大きくなり中性花となったものがミナズキH.paniculata Sieb.f.grandiflora(Sieb.)Ohwiである。北海道,東北地方で庭に植え込まれ,ヨーロッパではことによく見られる。タマアジサイH.involcurata Sieb.は苞につつまれ,球形をした若い花序や開花した状態が美しく,水場の植栽に適するので,庭にはよく植え込まれる。東北南部から近畿にかけて分布する。ツルアジサイ(ゴトウヅル)H.petiolaris Sieb.et Zucc.は落葉つる性木本植物で,欧米では壁面をおおう植物としてひじょうによく利用されている。
栽培
これら日本産のアジサイ類のいずれの種類も耐寒性が強く,北海道から沖縄まで栽培できる。水が停滞しないところならばやや土壌湿度の高いところでも土を選ばずによく生育する。また半日陰からひなたまで植栽できる。アジサイのように種子がほとんどできない種もあり,繁殖は挿木によって行うことが多い。挿木は簡単に根づく。
執筆者:若林 三千男+脇坂 誠
名称の由来
アジサイは日本固有の花で,《万葉集》にも名が見えるほど古くから知られ,鎌倉時代以降は園芸品種としても栽培された。しかしこれらは素朴なヤマアジサイないしガクアジサイが主であったためか,これを特別に観賞する名所といったものは江戸時代を通じても現れず,鎌倉の紫陽花(あじさい)寺(明月院)などが観光の対象となったのは第2次大戦後である。水分をよく吸うので,日当りの悪い裏庭や古寺に植えられることが多く,ガクアジサイの自生する伊豆諸島では,この葉を便所の落し紙として利用したという。日本で〈〉の漢字を当てるのはこのためだとする説もある。シーボルトはアジサイをHydrangea otaksaと名づけたが,この〈オタクサ〉は彼の愛人だった長崎丸山の遊女〈お滝さん〉(本名楠本滝)に由来する。なおアジサイの語源には諸説あるが,《大言海》にある〈集(あづ)真(さ)藍(あい)の意〉という説が有力視されている。花ことばは〈高慢〉〈美しいが香も実もない〉。女性への贈物にはふさわしくない。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報