アジャンタ(英語表記)Ajanta

デジタル大辞泉の解説

アジャンタ(Ajanta)

インド西部、マハラシュトラ州の村。アウランガーバードの北東約100キロメートル、ワゴラー川沿いに位置する。岩山断崖に、前2世紀から後8世紀ごろにかけてつくられた大小30の石窟群があり、仏教説話や仏・菩薩を描いた壁画が多く残存。1983年「アジャンタ石窟群」の名称で世界遺産(文化遺産)に登録された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アジャンタ
あじゃんた
Ajanta

インドの代表的な古代石窟(せっくつ)寺院の遺構で知られる小村。インド西部、デカン高原の北西端に位置し、マハラシュトラ州オーランガーバード県に属する。ワゴラー川の侵食によってできた、馬蹄(ばてい)形に大きく湾曲する岩山の大断崖(だんがい)の中腹に掘られた石窟の数は、大小あわせて29、下流から順に第1窟、第2窟と番号が振られている。19世紀前半に初めてイギリス人によって発見され、のちに世界的に名が知られ、現在ではインドのみならず、アジアにおける代表的な仏教美術の宝庫として有名である。この石窟群は1983年に世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。石窟の造営は、今日ではだいたい次の2期に分けて考えられている。すなわち、第1期の造営は紀元前1世紀から紀元後2世紀前半のアンドラ朝の時代で、第10窟とその近辺の数窟がもっとも古く、第10窟および第12窟にブラフミー文字による寄進者の銘が刻まれている。その後数世紀の空白時代を置いて、第2期の造営が行われた。それはバーカータカ朝の5世紀後半に開掘が始まり、およそ7世紀前半ごろまでの間に、第1期に造営された石窟を除く、残りの部分が全部開掘された。第2期の造営を物語る寄進者の銘文は第16、第17、第26の各窟にサンスクリット(梵語(ぼんご))で刻まれている。また文献の記録としては、玄奘(げんじょう)の『大唐西域記』巻11の「摩訶剌侘(まからった)(マハラッタ)国」の章の窟寺の記事が、アジャンタ石窟のことを記したものと考えられ、7世紀前半の石窟のありさまを伝えている。
 アジャンタ石窟は、西インドに数多くある仏教石窟群中規模が最大で建築的構成が整然としているばかりでなく、窟内外の装飾彫刻、尊像彫刻も精巧を極めているが、なかでも重要なのは、水準の高い壁画がきわめて豊富にあることである。第1期に造営された第9、第10窟のインド仏教美術初期の古朴な様式を示す壁画と、第2期の第16、第17、第1、第2窟の順で描かれた4窟の壁画は、いずれも仏教説話画(主として仏伝と本生譚(ほんしょうたん))、尊像画が大部分で、失われたり損傷したりした部分も少なくないが、インド絵画史上類をみない優秀なもので、現代においても芸術として不滅の生命を保っている。とくに第1、第2窟の壁画および天井の装飾画は、インド芸術の高揚期であったグプタ朝の絵画の傑作として名高く、わが国法隆寺金堂の壁画の源流を考えるうえで、重要な関連をもっている。[永井信一]
『高田修・田枝幹宏著『アジャンタ』(1971・平凡社)』

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