アタッチメント理論(読み)アタッチメントりろん(その他表記)attachment theory

最新 心理学事典 「アタッチメント理論」の解説

アタッチメントりろん
アタッチメント理論
attachment theory

主に幼少期における養育者などとの関係性,ことにアタッチメントattachment(愛着)が,人間の生涯にわたるパーソナリティや社会的適応性などにいかに影響を及ぼすかを問う発達理論愛着理論ともいう。イギリスの児童精神科医であるボウルビィBowlby,J.(1969)によって提唱され,その後,エインズワースAinsworth,M.D.S.(1978)やメインMain,M.(1990)などによって発展してきている。

【アタッチメントとは何か】 アタッチメントとは,一般的に人が特定の他者との間に築く緊密な情動的絆emotional bondのことをいう。もっとも,ボウルビィが示した原義は,より限定的なものであり,危機的な状況に際して恐れや不安などの負の情動を経験したときに,特定対象との近接を求め,またこれを維持しようとする生物個体の傾性というものであった。彼は,こうした近接関係の確立・維持を通して,自らが安全であるという感覚felt securityを絶えず確保しようとするところに多くの生物個体,とりわけヒト本性があると考えた。別の言い方をすれば,アタッチメントとは心理行動的な安全制御システムともいうべきものであり,それは,体温血圧などを適正な一定範囲内に保持・調整する生理的システムと同じように,他個体との近接関係の確立・維持・回復をホメオスタティックにコントロールしているのだという。こうしたアタッチメントの重要性を,ボウルビィは,施設児や戦争孤児など,幼少期に養育者との分離やその恒久的な喪失を経験した子どもに対する臨床的介入および体系的調査を通して認識するに至ったといわれている。すなわち,乳幼児期に養育者との温かい関係を十分に享受できなかった,いわゆる母性的養育の剝奪maternal deprivationにさらされた子どもに,さまざまな心身発達の遅滞歪曲が多く認められたことから,だれかとの間に緊密な関係性を取り結ぶことの心理生物学的意味の大きさを悟ったのである。また,彼はその一方で,比較行動学における生得的解発機構や刷り込みなどの諸概念からも示唆を得,ヒトの乳幼児が養育者などの特定他者に選択的になつく傾向が,学習性のものではなく,長い人類の進化歴史の中で個体の生存可能性を高度に保障すべく備わった生得的メカニズムであるという認識を有するに至ったようである。そして,彼は,このような本源的な欲求としてあるアタッチメントが十分に満たされ,養育者等の特定他者を安全基地secure baseとして安心して多様な探索活動をすることが可能であるとき,子どものさまざまな学習が適切に行なわれ,心身健やかな成長が保障されると考えたのである。

【アタッチメントの発達】 養育者等の特定他者との関係性が確立してくるにつれ,子どもはその特定他者との近接性が脅やかされると分離不安separation anxietyを覚え,生後1年目の後半ごろからは,ときに,それ以外の者に対して強い人みしりfear of strangerを示すことがある。ちなみに,こうした状況で一種の情動制御の術として子どもに用いられ始める物に,毛布やタオルあるいは柔らかいぬいぐるみといった,いわゆる移行対象transitional objectがある。これらは主に乳幼児期におけるアタッチメント上の特質といえるわけであるが,ボウルビィは,アタッチメントが個人が自律性を獲得した後でも,形を変え,生涯を通じて存続するものだと仮定していた。彼によれば,近接関係を維持するということは,文字どおり距離的に近い位置にいつづけるということのみを意味するのではない。それは,たとえ物理的には離れていても,特定対象との間に,間主観性を基盤に,相互信頼に満ちた関係を築き,そして危急の際にはその対象から助力してもらえるという期待,すなわち基本的信頼感を絶えず抱いていられるということをも意味するという。すなわち,アタッチメントは行動レベルの近接から表象レベルの近接へと発達的に移行するのである。そして,この移行にとりわけ重要な意味をもつのが内的作業モデルinternal working modelである。ボウルビィは,発達早期の養育者との具体的な相互作用の特質が,徐々に自己や他者および対人関係に関する一般化されたイメージや主観的確信(内的作業モデル)として取り込まれ,それが,個人のその後の人生における一貫した対人関係スタイルやパーソナリティを持続的に支える機能を果たすと仮定したのである。

【アタッチメントの個人差】 ボウルビィ自身の理論化は,人間一般に共通に当てはまる標準的要素にかかわるものが相対的に多かったといえる。しかし,アタッチメントには発達早期から広範な個人差が認められることも事実である。アタッチメントの個別的要素について体系的理論を打ち立て,それを具体的に測定する道を切り開いたのがエインズワースである。彼女は,乳幼児を新奇な実験室に導き入れ,見知らぬ人に対面させたり,養育者等と分離させたりすることによってマイルドなストレスを与え(すなわち潜在的にアタッチメントを活性化させる状態を作り),そこでの乳幼児の行動を組織的に観察するストレンジ・シチュエーション法strange situation procedureを開発した。そして,とくにそこにおける養育者等との分離時および再会時の反応に現われる乳幼児の個人差を,大きくA(回避型),B(安定型),C(アンビバレント型)の3タイプに分類する枠組みを作り上げたのである。現在では,これにメインの提唱によるDタイプ(無秩序・無方向型)を加えた4タイプで子どものアタッチメントを分類することが一般的になってきている。エインズワースによれば,こうした個人差は個々の子どもがおかれた養育環境,とりわけ養育者等の子どもに対する敏感性や応答性の違いによって分岐してくるという(Aタイプは相対的に拒絶的な養育者,Bタイプは敏感性の高い養育者,Cタイプは相対的に一貫性を欠いた養育者のもとで生じてくる)。また,メインは,Dタイプが,虐待的な,あるいは感情障害などを有する養育者のもとで多く発生してくることを見いだしている。

【アタッチメントの生涯発達】 現在では,世界各地でアタッチメントに関する長期縦断研究が行なわれ,乳幼児期のアタッチメント・タイプが,その後の各発達期の各種社会人格的な特質あるいはアタッチメントそのものといかなる連関を有するかが明らかになってきている。とくに最近は,青年期・成人期のアタッチメントを,これもメインの開発による成人アタッチメント面接adult attachment interview等をもって測定することが盛んになってきており,一部の研究では,乳幼児期のアタッチメントが成人期のそれと有意な関連性を示すことが報告されている。しかし,ハイリスク・サンプルではこうした連続性はあまり見いだされておらず,ボウルビィが仮定したほどに発達早期の親子関係等の影響が絶対的ではなく,さまざまなライフイベントや新たな対人関係の構築によってかなり大きな変化を被る可能性があることも指摘されている。このほかに,いわゆるアタッチメントの世代間伝達を扱う研究も行なわれ,養育者たる親のアタッチメントと,その子どものそれとの間に有意な一致傾向があることが示されてきている。無論,これについても約3~4割程度の親子に不一致が認められており,それが何に起因するのかを明らかにすることが現今の大きな研究課題となっている。 →乳児期 →発達過程 →幼児期
〔遠藤 利彦〕

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