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アメリカ音楽 アメリカおんがく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アメリカ音楽
アメリカおんがく

アメリカ合衆国の音楽は,17世紀初頭の白人移住に始る。イギリスの清教徒の賛美歌活動など各キリスト教宗派の音楽活動が定着し,18世紀には「アメリカ作曲家の父」 F.ホプキンソンが生れた。 19世紀以降,ドボルザークほかヨーロッパからの外来音楽家が優先する一方,各種団体が設立され,S.C.フォスターらの民謡も好まれた。 20世紀に入り,黒人音楽,インディアン音楽など民俗音楽を用いる傾向もみられ,ガーシュインのジャズ感覚あふれる作品,E.バレーズ,J.ケージらの指導的前衛作曲家が現れた。

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世界大百科事典 第2版の解説

アメリカおんがく【アメリカ音楽】

ここではアメリカ合衆国の芸術音楽と民俗音楽を扱い,中南米の音楽は〈ラテン・アメリカ音楽〉の項で述べる。今日アメリカの文化は好むと好まざるとにかかわらず,世界で最も広く模倣されているものであるが,その音楽は先住民族アメリカ・インディアンのそれを例外とすれば,すべて旧大陸の音楽の模倣から始まった。しかし建国以来200年余を経た今日,その多様を極める音楽および音楽にかかわる産業・風俗や,その社会学的・民族学的研究を含む音楽学の分野でも,アメリカは世界に直接・間接の大きな影響を及ぼしている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アメリカ音楽
あめりかおんがく

広義のアメリカ音楽は、南北アメリカ大陸の音楽を意味し、異民族の多様な音楽様式を含んでいる。両大陸の先住民のアメリカ・インディアン諸部族の音楽、ヨーロッパからの移民(北米ではおもにアングロ・サクソン系、中南米ではおもにラテン系)の芸術音楽、西アフリカからの移住民によるスピリチュアルやジャズなどが、その代表的な音楽様式である。20世紀に入ってからは、アングロ・サクソン系の芸術音楽と西アフリカ起源のジャズの融合が試みられるなど、これらの異質の音楽様式の間の関連づけもみられるが、「アメリカ音楽」という統一的な音楽様式は存在していない。ここではおもに、アメリカ合衆国の芸術音楽を扱う。アメリカ合衆国の3世紀にわたる芸術音楽の歴史は、(1)ヨーロッパ音楽の移植の時代(1620~1820)、(2)古典主義音楽の理想の追求の時代(1821~1919)、(3)新しいアメリカ合衆国の芸術音楽の時代(1920以降)という三つの時期に区分され、この300年の間に、単純な賛美歌からコンピュータ・ミュージックまでの音楽を生み出してきた。
 17世紀のアメリカ最初の植民者たちは、母国から数多くの音楽を運んできた。エインズワースの詩編集(1612)を持ち込んだ北部植民者は、やがて北部植民地最初の印刷物として『ベイ詩編集』(1640)を出版し、しだいにニュー・イングランド独自の道を築き始めた。18世紀前半の「信仰復興運動」に伴う賛美歌の大衆化は、シンギング・スクールの普及につながり、ビリングスWilliam Billings(1746―1800)をはじめとする半職業的な作曲家を輩出させた。彼らは、曲の中心部にカノンをもつ合唱曲「フューギング・チューン」fuging tuneを好んで作曲した。一方、南部植民地は、北部に比べ商業的、世俗的で、1735年にはミュージカルの前身にあたるバラッド・オペラ『フローラ』が上演され、ヨーロッパ音楽の演奏会がすこしずつ広まっていった。18世紀のアメリカ芸術音楽は、まだヨーロッパ生まれの人々か、ヨーロッパ音楽の亜流に甘んずる人々によって担われていた。
 19世紀にはニューヨーク・フィルハーモニー協会(1842設立)、ボストン交響楽団(1891)など、アメリカ各地にオーケストラが次々に誕生し、また、オバーリン音楽院(1865)、ニューイングランド音楽院(1867)などの音楽学校も次々に設立され、次の時代の音楽の発展の下地がつくられた。しかし、作曲の分野は、まだヨーロッパの古典音楽の模倣の段階を脱しきれず、19世紀前半に活躍したメイスンLowell Mason(1792―1872)、ラッセルHenry Russel(1812―1900)らはサロン音楽、家庭音楽、軽喜劇以上の作品を残せなかった。ブリストーGeorge Friederick Bristow(1825―1898)の『リップ・バン・ウィンクル』(1855)、フライWilliam Henry Fry(1813―1864)の『レオノーラ』(1845)はアメリカのオペラの草分けだが、イタリア・オペラの焼き直し以上のものではなかった。
 アメリカ音楽史上で、初めて国際的名声を得たのはゴットショークLouis Moreau Gottschalk(1829―1869)であるが、作曲家としては小品を残しているにすぎない。スティーブン・フォスターは200曲近い歌曲、サロン音楽風の器楽曲、多くの編曲を残し、アメリカ初の国民的作曲家になった。ヨーロッパの国民楽派に刺激されて、アメリカの国民性を主張し始めたのも、19世紀中ごろである。
 ニュー・イングランドにはペインJohn Knowles Paine(1839―1906)や、バックDudley Buck(1839―1909)にさかのぼる保守的な音楽の伝統がみられるが、19世紀末にはニュー・イングランド・アカデミシャンあるいはボストン・クラシシストとよばれる一群の作曲家であるフットArthur W. Foote(1853―1937)、チャドウィックGeorge Whitefield Chadwick(1854―1931)、パーカーHoratio William Parker(1863―1919)などが、ドイツ・ロマン主義を踏まえた作品を残した。マクダウェルもケルト的であるが、この系譜に属する。
 ホレイシオ・パーカーの弟子にあたるチャールズ・アイブスは、アメリカ音楽の真の革命家であり、不協和音、無調性ポリリズム、引用などの前衛的手法は、第二次世界大戦後ようやく認められた。彼に始まる前衛の道には、新しい対位法のラッグルスCarl Ruggles(1876―1971)、トーン・クラスター(ピアノ鍵盤(けんばん)を屈曲させた前腕で押さえたり拳(こぶし)でたたいたりする技法)の考案者カウエルHenry Dixon Cowell(1897―1965)、新楽器制作のパーチHarry Pearch(1901―1976)、偶然性音楽のジョン・ケージ、反復音楽のライヒ、ユダヤ音楽、ジャズや映画音楽からの影響の強いジョン・ゾーンらが連なる。
 それとは別に、カーペンターJohn A. Carpenter(1876―1951)、アーロン・コープランド、ジョージ・ガーシュインが、1920年代以降、ジャズやフランス6人組の影響を受けた作品によって知られている。第二次世界大戦後、保守派として成功した人々のなかには、カーターElliott Carter(1908―2012)、セッションズ、バビットMilton Babbitt(1916―2011)らがいる。[船山 隆・細川周平]
『奥田恵二著『アメリカの音楽――植民時代から現代まで』(1970・音楽之友社) ▽ジョン・ケージ著、近藤譲訳『音楽の零度』(1980・朝日出版社)』

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