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アラビア文字 アラビアもじArabic alphabet

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アラビア文字
アラビアもじ
Arabic alphabet

アラビア語,ペルシア語などの表記に用いられる文字。アラム文字の系統をひくナバテア文字から発達したものと考えられる。イスラム時代の初期には,クーファ体ナスヒ体の2字体があり,ナスヒ体から現在のアラビア文字が発達した。 28の子音字から成り,うち 22字は北セム文字を受継いだもの,6字はのちに加えられたものである。母音を示す付加記号は8世紀につくられた。

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百科事典マイペディアの解説

アラビア文字【アラビアもじ】

北セム系統のアラム系アルファベットで,28の子音を表す文字からなる。他のセム文字と同様,右から左へと書かれる。イスラムとともに非アラブ圏にも拡大し,アラビア語のほかペルシア語,ウルドゥー語,マレー語,ウイグル語などの表記に用いられてきた。
→関連項目アラビア語ウイグル語ウルドゥー語クルド語ペルシア語文字

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世界大百科事典 第2版の解説

アラビアもじ【アラビア文字】

本来はアラビア語を表記するための文字であるが,コーランと共にイスラム世界に広がり,現在ペルシア語,ウルドゥー語,ベルベル諸語等の表記にも用いられ,かつてはマレー語,ソマリ語,ハウサ語スワヒリ語,および1928年の文字改革以前のトルコ語もこれで書かれていた。 前1世紀以後ナバテア王国アラビア人が公用語たるアラム語を書くのに用いていた北西セム文字(ラテン文字の祖型であるいわゆる〈フェニキア文字〉)から変化したアラム文字を,アラビア語にも適用し,その際,1語の中では字母どうしを続けて書くようになった。

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大辞林 第三版の解説

アラビアもじ【アラビア文字】

アラビア語・ペルシャ語・アフガン語・ウルドゥー語などの表記に現在使われている文字。シナイ文字の系統をひくアラム文字から四、五世紀頃でき、子音を表す文字二八と、その上下に付けて母音を表す若干の記号とからなる。右から左に横書きする。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アラビア文字
あらびあもじ
Arabian writing

中東一帯を中心として、北アフリカからパキスタンに及ぶ広い地域で、アラビア語その他の言語の表記に使われている文字。別系統の南アラビア文字とはっきり区別するために、北アラビア文字ということもある。[柘植洋一]

体系

アルファベットで、字母数は子音を表す28文字であり、長母音はそのうちのalif, y', wwを用いて書かれる。短母音を表す文字はなく、必要な場合は補助記号で示すが、これは読み間違いの許されない聖典コーランや、初学者向けの読み物に限られる。書く方向は右から左で、ほぼ単語を単位に、分かち書きされる。そのなかで各文字は続け書きされるが、語頭、中、末といった位置により、同じ文字でも多少字形を変える。句読点は、現在ではほぼヨーロッパ語の場合と同様だが、書写方向の関係で疑問符などは向きが逆になる。なお、大文字、小文字の区別はない。[柘植洋一]

歴史

アラム系のナバタイ文字に由来し、紀元後数世紀の間に、アラビア半島北部でつくられた。ナバタイ文字22文字に、アラビア語固有の音, , , , , を表すための6文字が追加され、続け書きもいっそう推進された。最古の資料は4世紀初頭の刻文を除けば、シリアのザバドで発見されたキリスト教徒碑文(512)である。まとまったものはイスラム以後で、現在に至る豊富な資料を残す。短母音記号はシリア語の方式に倣って7、8世紀ごろに考案された。[柘植洋一]

発展

イスラムの勃興(ぼっこう)に伴い、コーランの言語、文字であるアラビア語、アラビア文字は、イベリア半島、アフリカ、アジアに広がった。その結果、各地の言語がアラビア文字を用い、それに適宜改変を加えて書かれるようになった。アフリカのスワヒリ語、ハウサ語、ベルベル語など、アジアのトルコ語、マレー語、ウルドゥー語、パシュトー語、ペルシア語などがそうである。ただし現在では、上記言語中、スワヒリ語、ハウサ語、トルコ語、マレー語は、ローマ字にかわっている。[柘植洋一]

書体

最初期の書体は角張ったクーフィー体で、丸味を帯びたナスヒー体がこれに続く。のちにはナスヒー体が優勢となり、クーフィー体はおもに装飾用となった。北アフリカではこれらの中間的な書体ともいえるマグリビー体が生まれた。東イスラム世界ではナスヒー体から、ルクア体(現在普通の手書き体で、トルコで発達)やナスタリーク体(ペルシア語などに用いられる)などいくつかの書体が発達した。美しい書は敬愛の対象となり、また偶像排斥の教えとも相まって、建築物の装飾にも多用され美を競っている。[柘植洋一]

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世界大百科事典内のアラビア文字の言及

【アラビア語】より

…北アラビア語は,他のセム諸語にくらべると紀元前の古い資料を欠くが,ペトラを首都として現在のシリア南部からヨルダンおよびサウジアラビア北部に勢力を振るったナバテア王国の遺跡から出た前1世紀ころ以後のアラム語の碑文には,書き手の母語であるアラビア語の影響が年を追って著しく,南シリアのナマーラ出土の後328年の碑文はほとんどアラビア語である。一方アラビア半島中北部出土の,南アラビア文字で刻まれた前5~後4世紀の碑文の言語は,しばしば原アラビア語と称せられるが,北アラビア語に属するかどうか疑われている。後5世紀のアラビア砂漠の遊牧民の間では,既に高度に洗練された詩的共通語が行われており,これが古典アラビア語の基盤となった。…

【イスラム美術】より

… 次に,イスラム世界において,アラビア語は神の言葉と考えられてきた。それは,神の啓示がアラビア語で下され,アラビア文字で綴られてコーランとなったからである。したがって,アラビア文字は,イスラム美術において,いわゆる宗教図像に代わる重要な役割を果たしていることになる。…

【書】より

…アラビア語は単なる人と人との実用的な伝達手段であるばかりでなく,神と人との間のコミュニケーションの手段でもあった。つまりアラビア語とアラビア文字がもつ特殊な性格は,神の啓示がアラビア語で下され,しかも,それがアラビア文字でつづられたことから生まれたものである。したがって,アラビア語で書かれたコーランの他の言語への翻訳は,注解を別として公式には許されていない。…

※「アラビア文字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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